22.お披露目―魅了の兄弟
聖女のお披露目を知らせる鐘の音が、王宮広場に鳴り響いた。
控えの間には、完璧な正装に身を包んだ
アスランとカイルが待っている。
侍女達に整えられたカイルは、
先ほどの取り乱しぶりが嘘のように落ち着いていた。
子供の頃からそうだ。
仲の良い兄弟の間では、短い話し合いだけで、
起きたことも、これからなすことも、
きちんと整理されてしまう。
アスランは、いつものすべてを見透かすような瞳で、
わたしを見つめていた。
この人は、二人の夫を同時に迎えても、
咎めたり、責めたりはしない。
自分で決めたことなのに――
その事実が小さな悲しみとなって、
わたしの心をチクチクと刺す。
何も言えないわたしに、
アスランは、まるで、なんでもないことのように微笑む。
「さぁ、行くよ、フェリ」
差し出された手を取った瞬間、聖痕がじわりと熱を帯びた。
その熱さを気にかける間もなく、
王宮の薄暗い回廊を抜けると、
重い扉が開かれた。
その瞬間、歓声と熱気が津波のように押し寄せてきた。
思わず足が止まりそうになる。
広場を埋め尽くす民衆。
空を覆う幻術の光。
神官達が編み上げた巨大な幻影魔法が、
天蓋のように王宮広場を包み込んでいる。
国王陛下と大神官によって、舞台は完璧に整えられていた。
左にはアスラン。
右にはカイル。
二人に手を引かれ、わたしはゆっくりと歩き出す。
国王陛下の声が響き渡る。
「我が国は、光の聖女フェリシアを迎えた」
その宣言に、民衆が応えた。
再び大きな歓声がもどってくる。
————女神に守られしアストリア王国に栄光あれ!
————讃えよ女神のみわざ!
————我らをお救い下さいませ、聖女様!
幻影魔法によってわたしたちに集められる光。
神殿が得意とする演出だ。
濡羽色の髪のすらりと美しい兄たちから、
華やかな緑の魅了の波動が立ち上る。
ゆっくりと人々に向かって、たゆたいながら広がって行く。
輝く緑が人々の間を静かに渡るたび、
張り詰めていた空気がゆるやかにほどけた。
(なんて、美しい魔法なの……)
わたしは生まれつき魔力を色で観ることができる。
思えばそれも、女神が組み込んだ能力なのかもしれない。
魔力を見ることのできる者は稀だ。
だからきっと、誰も気づかない。
自分達が、兄達の緑の魅了に酔わされていることに。
二人の手に触れているだけで、魔力がわたしへ流れ込んでくる。
胸が熱い。
身体の奥が満たされていく。
わたしひとりでは到底生み出せない奇跡を、
兄たちは呼吸をするように自然に操っていた。
わたしたちが、この光景を作っている。
その高揚感に酔いかけた――
聖痕が、強く光った。
銀色の魔力が、わたしの手から溢れ出す。
――しまった!
サシャの言葉が脳裏によみがえる。
《触れたまま聖女の魔法を使うと、
伴侶から魔力を奪い、枯渇状態になりかねません》
止まらない。
銀色の光が、兄たちの緑の魔力に絡みつくように広がっていく。
魔力を吸い上げている……!
異変に気づいたカイルが、
ぎょっとしてわたしの聖痕を見つめた。
カイルの口元の傷が癒えていた。
「フェリ――」
――手を離さないと!
そう思った、その手にカイルが力を込める。
「こんな場で、夫が妻の手を離したりなんかしない」
アスランのエメラルドグリーンの瞳が、
まっすぐにわたしを覗き込む。
「大丈夫だよ、フェリ。僕らは大丈夫だ」
穏やかな声だった。
まるで呪文みたいに、胸の混乱が少しずつ静まっていく。
暴走していた銀色の魔力が、ゆっくりとおさまった。
広場へ視線を戻す。
魅了魔法は、何事もなかったように人々へ浸透していた。
明るい緑の水の中に、民衆が沈んでいるみたいだった。
誰も気づいていない。
あるいは、気づいていても見ないふりをしているのか。
わたしは小さく息を吐いた――
錫杖を突き上げ、
大神官が厳かに宣言した。
「光、満ちたり! 聖女の祝福ここに降れり!」
広場を覆っていた幻術が一斉に輝きを増す。
空に描かれた巨大な光輪が、ゆっくりと回転した。
祝福の儀を示す、聖なる輪。
人々が、一斉に顔を上げる。
無数の視線が、わたしに集まった。
――この人たちは、わたしを見に来たんだ。
そして次の瞬間。
広場を埋め尽くしていた人々が、
波が崩れるように一斉にひざまずいた。
息が止まりそうになる。
これが……
聖女へ向けられる眼差し。
わたしは両隣の兄たちの手を、ぎゅっと握りしめた。
御伽噺ではない、
生きた『聖女』が今ここにいる。
それを、この世界に向けて、
はっきりと知らしめた瞬間だった。
――
魅了の余韻が、まだ場の空気にほのかに残る中、
アスランとカイルの手が離れる。
その時、
国王陛下の傍らにいたミゲル王子が、
一歩前へ進み出た。




