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17. 伴侶の衰弱

午後の光が差し込む客間で、わたしとサシャは向かい合って紅茶を飲んでいた。


窓越しの庭からは、花々の甘い香りが微かに漂ってくる。


そんな静謐な空気の中で、

サシャは相変わらず礼儀正しく背筋を伸ばし、

淡く光る銀髪をひと房も乱さないまま、言った。


「早速、夫を迎えられたようですね。

おめでとうございます、聖女様」


飲んでいた紅茶を危うく吹き出すところだった。


「……え?」


サシャは悠然と微笑んでいる。


彼の前では、わたしの小さな動揺なんて、

まるで最初から計算済みかのようだ。


「公爵様から伺いましたよ。

次のお相手は、公爵家の次男の方になるのでしょうね?」


わたしは、カップを置く。

小さくカチャリと音が出る。


「たぶん違うわ」


カイルが――

わたしをアスランと『共有』するなんて、あり得ない。


カイルは女性にモテるけれど、ごく普通の男だ。


求めているのは普通の家庭、普通の幸せ。


聖女の夫という不確かな制度と、

多夫婚なんて、カイルに似合わない。


「夫を迎えるのは、

聖女様にとって最重要なお役目です。

聖なる力を蓄えるためには欠かせませんので」


サシャは淡々と続けたが、

わたしの頭は別のことでいっぱいだった。


昨夜以来、一度も顔を合わせていない。

執務があるにしても、いちおう初夜の翌朝なのだ。


「………アスラン兄様はどこに行ったのかしら?」

わたしは少し腹を立てていた。


「アスラン様なら、お休みになられてますよ」


サシャは白い角砂糖を指先でつまむと、

そのまま口に放り込んだ。


かりん、と冷たい歯音が響き、

背筋が少しぞくりとする。



「こんな時間まで?」

アスラン兄様らしくない。


寝ていなくても、疲れていてもどんな時でも、

朝食の席には時間通りに必ず現れた人なのに。


――まさか。


「魔力の枯渇……じゃ、ないわよね?」


手が震えた。

魔力の枯渇は命に関わる。


昨日のわたしは、ほとんど無意識に、

アスランの魔力を受け取ってしまった。


アスラン兄様になにかあったら……


どうしよう――


「聖女様、違います。

落ち着いてください」


サシャがすぐ隣に移動して、

わたしの震える肩を支えた。


「魔力を放出した疲れで眠っているだけです。

神官でもよくあることですよ。

だから、ご心配なさらずに」


サシャの言葉に少しずつ落ち着いていく。

聖痕が反応し、じくりと痛む。


「光が出ていますね。お辛いでしょう。

手を、握りますね。

大丈夫です、アスラン様はご無事です」


「……ええ。わかったわ」


サシャの手はいつもより強かった。


「聖女様は、本当にアスラン様がお好きなのですね」


伏せられた銀色の長いまつ毛が、

なぜか少し悲しげに揺れた。


「魔力は枯渇しないとはいえ、体力は削られるようです。

聖女様に夫が複数必要とされるのは、そのためかもしれませんね」


「そういうこと……なのね」


アスランの身体を害するくらいなら、

夫を探さなきゃいけない。


そんな現実が重くのしかかる。


「深刻にならないでください。

今は聖女様もお身体を休めてください」


サシャはわざと明るい声を出して、

わたしの気持ちを引き戻そうとしてるように見えた。



そして、聖痕の痛みが落ち着くと、

ようやく本題に入った。


「今日伺ったのは、聖女様に大切なお知らせがあるからです。

近日中に、王宮で聖女のお披露目の儀式が行われます」


「神殿、じゃなく?」

王宮に行くのは、正直まだ気が進まない。

元婚約者マーカスや王妃には会いたくなかった。


「暗黒竜討伐は国家の大事です。

神殿だけでなく、王国騎士団を動かす王家、

そして多くの民の協力が必要になります。


ですから今回は、王宮広場での大規模な

『お披露目』になります。」


「大規模な?」


「神殿から幻影魔法師が派遣されます。

聖女様にも可能なら幻影魔法に、

ご参加いただきたいのですが……」


「わたし、魔法は苦手よ」

わたしにはほとんど魔力が無い。


「夜会では魅了魔法を使っていたとか……」


「……あれは兄たちが無意識に発してるもので、わたしの魔力じゃないわ」


「いいえ。貴方はそれを『増幅する』

それは天性の力です」


サシャはふっと目元を緩めた。


「誰もが魅了され、酔いしれる……夜会の薔薇の踊り。

私も見たかったですね」


「残念ね。聖女じゃ、もう無理でしょうね」

一瞬、真紅のドレスが頭をよぎった。



社交界で『薔薇』と囁かれた日々を

ゆっくり懐かしむ暇もなく――


わたしはその後、お披露目の準備で、

息つく暇もないほど忙しくなるのだった。





設定のようなお話が長々と続いてすみません……

やっと少し物語が動き出します。

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