13.最初の伴侶
「……アスラン兄様」
「痛むのか?」
アスランは、
丸まってもがくわたしにゆっくりと歩み寄り、
何のためらいもなく、光る手を取った。
エメラルドグリーンの波のような魔力が、
ゆっくりとわたしの痛みを癒していく。
片膝をついたアスランの身体から漂う、
微かな葉巻の匂いが、
これが夢じゃないのだと告げる。
――痛みが止んだ。
「あ……」
光が消えると、彼はわたしをいたわるように、
立ち上がらせた。
ダンスのときに触れる手とも違う。
もっと深く、もっと静かに――
アスランの緑色の魔力が、流れ込んでくる。
わたしの中の空洞に、
底なしに吸い込まれていくように……
このままじゃ――
「アスラン兄様の魔力が、枯渇してしまう!」
手を離そうとしても、アスランの指先はかたく、
ゆるまない。
「……聖女は伴侶と愛情を交わし、
暗黒竜を討つための聖なる力を蓄える――
聖女に与える魔力で、
夫の魔力が枯渇する心配はないんだよ」
「どうして、それを?……」
声が震えた。
そのことは、サシャからも、まだ教えられていない。
わたしの問いに、アスランは答えなかった。
――やっぱり
アスランも、
わたしが『聖女になる』と知っていた側の人間なのだ。
アスランの穏やかに輝く緑の瞳は、
いつもと同じで、何ひとつ答えをくれない。
アスランは、わたしの白銀の髪をすくい上げ、
耳に、頬に、骨ばった指先を滑らせる。
いつの間にか流れていた涙に、そっと、触れた。
その指先の、絶望に似た温度が頬に触れた瞬間――
胸の奥から記憶がほどけていく。
子供の頃から、ただ一目でも見たくて。
何度も書斎を覗きに行った。
息を潜めて。
アスラン兄様がそこにいる――
それだけで嬉しかった。
あの書斎で、
葉巻をくゆらせ、ひとり、
わたしの帰りを待っていたの?
フェリじゃなく、『聖女』を……
指先は、やがて唇をたどっていく。
アスランがわたしの瞳を覗き込む。
吐息が近づき、そのまま静かに、
唇が重なった。
「聖女になったのなら、もう純潔は必要ない。
そうだろ?」
「……でも、愛情がないと……だめなのよ……?」
(アスラン兄様と口づけた)
それだけで、わたしのすべてが震える。
あんなに欲しかったアスランが、
わたしの腕の中にいる。
口づけは続き、魔力があたたかく、
確かに流れ込んでくる。
「フェリ。だから――愛情があればいい」
……愛情が。
お互いに。
(わたしの愛情は、アスラン兄様だけに向いている)
でも、アスランの愛情は――
わたし、『フェリシア』へ?
それとも、『聖女』へ……?
「愛しているよ。心から……フェリ」
不吉な予感が確信に変わる。
――あぁ、
これが聖女の魅了の力なんだわ。
幼い頃、拒まれた唇が、何度もわたしに落ちる。
あの指も、吐息のような声も、
届かないと思っていたもの、全部が、
――今ここにある。
(聖女の力でも構わない)
絶望よりも喜びが、わたしの心を支配した。
彼の頬の傷に口づけると、
アスランの腕が強くわたしを引き寄せた。
わたしは、問いかけることすらできず、
ただ、エメラルドグリーンの海に、
静かに沈んでいった。
次回 この時のカイル




