12.求婚
カイル回……
護衛騎士たちを視線で下がらせる。
カイルが眠っていないのは一目でわかる。
蒼白で、髪は乱れ、拳に打ちつけたような跡が残っている。
……『またわたしの部屋に勝手に入って!』
そう叱ろうとしたけど、声にならなかった。
「フェリ!」
ふらつきながら立ち上がり、カイルはわたしに駆け寄ってくる。
「カイル兄様、ひどい顔ね」
婚約解消された日、厩舎で彼に向けられた言葉を、
わたしはそっくりそのまま返していた。
項垂れたその姿は、いつもより小さく見える。
カイルの少しざらついて、熱の無い頬に手を当てる。
「ごめん。フェリが聖女だなんて……
俺がそばにいれば、聖女なんかにさせなかったのに!
俺が、守れなかったせいで……」
自分を責めるように、カイルは震える声で呟く。
「五百年ぶりの聖女だなんて、
こんな、馬鹿げた話、笑っちゃうよね」
わざと軽く笑って見せると、彼はわたしを強く抱きしめた。
聖女様に対する礼儀なんて、カイルには無い。
そのことが、なぜだかひどく安心できた。
わたしの背は、カイルの肩より低い。
覆い被さるように抱きしめる彼の、こぼれ落ちた涙が、
わたしの前髪を濡らした。
(今日、泣くのは、わたしだけだと思っていた)
今日、会った人たちは皆、
『聖女誕生』に歓喜した目で、わたしを見ていたのに。
カイルの前では、わたしはまだ『フェリシア』でいられる。
わたしは、子供をあやすように、
静かに彼の背中をぽんぽんと叩いた。
――カイルは、
わたしが『昨日、突然選ばれて聖女になった』と思っている。
実の父が大神官だということも、
神託によって父と母が結ばれ、わたしが生まれたことも。
そんなこと、絶対に言えない……
知られるにしても、
少なくとも、今は、言いたくなかった。
「わたし、くじ運が良かったみたい」
「フェリ以外なら、誰でもよかったのに……なんで……」
「ほんとね。ほかにも、たくさんステキな令嬢がいたのに。」
ふと、思い出して尋ねた。
「……そういえば。
背の高い素敵な金髪の令嬢とは、どうなったの?」
「……今、その話?」
「だって……彼女、泣き腫らして、かなり取り乱していたから。
カイルも、あれきり戻ってこなかったし……」
そう言うわたし自身も、
泣き腫らした顔を化粧でごまかしただけの、ひどい有様だ。
「あれは、イライザが、俺の子を身ごもったって……」
わたしの髪に顔を埋めたまま、カイルが口ごもる。
「は?」
反射的に、わたしはカイルを突き飛ばした。
「そんなわけないんだ!そうならないよう気をつけていたし!」
「――でも、身に覚えはあるってことじゃない!」
とんでもないクズ男だ。
「俺は、フェリが婚約を解消してから、
女の子と二人きりで会ってない。
手を握ったのだって、フェリだけだ!」
……必死すぎる。
「イライザとはずっと前に終わっていたし、
もちろん、妊娠なんてしてなかった。
間に人も入って、ちゃんと解決して……
――どうしたんだ、フェリ?」
「痛い……」
右手が、ふわりと光り出す。
聖痕が、また、疼き始めた。
左手で爪が食い込むほど握り締めても、
自分の手じゃ無駄だった。
「カイル……手を、握って!お願い……」
ダメ元だった。
光る手なんて、気味悪がられても仕方ないのに。
でも、カイルは迷わず、長い指を伸ばし、
女性慣れした自然な仕草で、わたしの手を包み込んだ。
その瞬間――
光が、すうっと消え、痛みも引いた。
「……え?」
「……大丈夫か?フェリ?」
「痛みが……止んで……」
わたしは、ぼんやりと呟いた。
わたし、カイルに愛情があったんだ。
カイルも……きっと。
――兄妹愛、なのだろうけれど。
「聖女の聖痕が、時々、痛むの」
「なんだって?フェリは、聖女になったせいで、
こんな痛みに襲われるっていうのか……?」
「うん。だから、そんな時は、
カイルに、こうして手を握ってもらえたら……」
次の瞬間。
「――やっぱり、フェリが聖女なんて、絶対にだめだ!
フェリが成人するまで、求婚するなって、
兄貴に止められてたせいで!」
カイルは、いきなり声を張り上げた。
「今からでも間に合うかもしれない!
すぐに俺と結婚しよう!
そうすれば、これからでも、
未婚のほかの女性が選ばれるかもしれない!」
「ちょっ……カイル……?」
「すぐ親父に許可をもらってくる!待ってろ!」
「カイル、待って! まだ――聖痕が……!」
止める間もなく、
さっきまでふらふらだったはずのカイルは、
嵐のように部屋を飛び出していった。
――
……痛い。
カイル兄様、もう少しだけ、手を握っていてほしかった。
それに、今さら結婚したって遅い。
降臨祭は終わって、
わたしはもう――聖女になってしまったのだから。
……ううん、違う。
わたしは、生まれる前から、聖女として『作られていた』
――痛っ……!
まったく、この痛みのせいで、
自分の運命を呪ったり、悲嘆にくれたりする暇さえない。
今、呪うべきは、せっかちなカイルと、
「しばらくは大丈夫でしょう」と安請け合いしたサシャ神官だ。
こんなに頻繁に痛むなんて……
これじゃ、考えもまとまらないし、何もできない……。
わたしは、ドアに向かって叫んだ。
「兄様! 戻ってきてってば!」
――けれど。
音もなく、ドアが開き、
入ってきたのは、カイルとは『違う兄』だった。
お約束です…….ごめん、カイル




