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10.聖痕の呪縛

聖女のしくみ

「――痛っ!」


右手の聖痕が、焼けるような熱を帯びて、

鋭く疼いた。

痛みに耐えながら、扉を開ける。


「やはり……光っていましたね」


静かな声とともに、サシャの気配が近づいた。


どうやら彼は、わたしが聖痕の痛みに耐えきれず、

泣いて暴れていたとでも思ったらしい。


サシャはそっと、わたしの手を包み込んだ。

相変わらず、柔らかく、美しく、ひどく優しい手。


「このように、

聖女様は定期的に『愛情』を受けねばなりません。

それが魔力として貴方の身体に流れていくのです。


そして、相手が伴侶となれば、

受け取る魔力のキャパが大きくなります」


暴れ馬みたいにわたしを痛めつけていた聖痕が、

嘘のように静かになっていく。


「……愛情を受ける相手は、

誰でもいいわけではありません。

聖女様に『強い愛』を抱いている者でなければ、

意味がありません」


サシャが前に傾き、わたしに身体を寄せた。

胸元の女神のペンダントがシャラリと音をたてる。


「……そんなの……無理だわ」


わたしは力なく呟いて、目を落とした。


「だって……そんな人、ひとりもいないもの……」


「ご安心ください」


サシャは迷いなく言った。


「聖女様が相手を愛せば――

その者も、必ず聖女様を愛します」


「……え?」


「あなたが、

聖女の伴侶となるようにと口にするだけで、

相手はあなたの伴侶となります」


思わず、つないだ手を見つめた。


「それって……」


息を吸い込む。


「わたしを惨めに捨てた、

あのクソ……マーカス王子でさえ、

わたしが『愛せば』、

向こうも『はい、愛します』って言うの?」


「聖女様が、そうお望みなら」


「そんなこと、望むわけないじゃない!」


わたしは、唇を噛みしめた。


「これは、すごく怖いわ、サシャ」


背筋が、ざわざわと冷たくなる。


「どんなにわたしが、愛されない人間でも、

人の心を、そんなふうに弄ぶなんて……


……神様でも、やっていいことじゃない」


幼い恋を拒絶された記憶が蘇って、心が昏くなる。


「少なくとも、わたしは……嫌だわ」


どれだけ愛に飢えていても、心の自由を奪うのは、

それだけは、踏み越えてはいけない気がした。


「それが、聖女様の今のお心なのですね。

それでも貴女は、男たちの心を捉えるでしょう」


サシャは、けぶるような水色の目を少しだけ伏せた。


「まあ、まずは――私がいます」


「サシャの『愛』って『聖女様』に、でしょ?」


わたしがそう言うと、

不意に水色の瞳をわたしに向けて

つないだ手に、きゅっと力を込めた。


「ですが、ほら。

『信仰の愛』でも、痛みは和らいだでしょう?」


――確かに。


サシャのわたしへの『個人的な想い』は、

きっとゼロ。


それはもう、はっきりとわかった。


それでも、聖痕の痛みは、確実に引いている。


サシャは神殿の人間。

ギグも。それを考えるとまた悲しくなる。


わたしを、こんな目に遭わせた側の人間。


(でも、この力は、使える)


「痛い時は、サシャにお願いすればいいのよね」


「はい」


「それで、この状態で家に帰ったら、どうなるの?」


不安が、ようやく現実として押し寄せてくる。


「わたし……家に、帰りたい……」


「しばらくは、大丈夫でしょう」


サシャは淡々と答える。


「聖女様には、義理のお兄様方がおられます。

わたしが間に合わぬ時は、ご兄弟を頼ってください」


「……それ、無理だと思う……」


愛情も、信仰も、たぶん、どっちも足りない。


「いずれ、聖女様は旅に出ることになります」


「……え?旅?」


「話を、聞いていませんでしたね」


そう言って、サシャは、ほんの一瞬だけ、

ふふっと笑った。


人形みたいだったその顔に、

かすかな『感情』が灯る。

……あれ。

今の、ちょっとだけ……悪くない。


「勇者を探す旅に行くまでに、魔力を集めてください」


勇者。魔力。そして、旅。

煌びやかな言葉の裏で、

サシャはさらりと恐ろしいことを言っている。


――つまり。

旅立つまでに、

わたしに『愛』を注いでくれる誰かを、

この手で捕まえろということだ。



聖女が愛せば相手も愛する

そう五百年前の文献に書いてあった

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