トラム王国への旅立ちと、その頃の実家
「驚きましたよ! いきなり三人が連れ去られたのですから!」
「私も気づいたら攫われていました!」 「一瞬の事で何が何だか分かりませんでした」
「攫われた先では村の女性が普通に薬草茶を出してくれて、また驚きましたよ」
お坊ちゃまは三人に『無事でよかったです~』などとほざいて詳しい事は何も説明せず、むしろ感謝されて次の町でクエストは終了した。
「ロゼリーさんはこれからどうするのですか?」
「あ、オディットさん。私はトラム王国に向かいます。会いたい人がいるんです」
「まあ! 恋人ですか?」
「こ、恋人?! いえいえ! 私の事などすっかりと忘れて結婚しているかもしれませんし⋯⋯」
――ピキ――
「禁断の恋ですか? 不倫はダメですよ~?」
――ピキ――
「不倫⋯⋯不倫の定義ってどこからでしょうか? 以前の様に会話するくらいなら大丈夫ですよね? 一緒に食事は? やましい心がある時点でダメでしょうか?!」
――ピキピキ――
「こら!! 何してんだよ?! 周りが凍っているじゃないか!」
「あ、ごめんなさい。お坊ちゃまは淫行魔人ですから純愛は分かりませんよね。先ほどもマリーさん達に『〇○○よかったです~ハァハァ⋯』って言っておりましたし」
「変な事は言ってねーぞ! 『無事でよかったです』 って言っただけだ! お前、俺にだけ酷くないか?!」
「隊長が楽しそうでよかったです。そうだ、ロゼリーさんも一緒にトラム王国に向かいましょう。私達は騎士ですので困っている方を助けるのも仕事の内ですから」
「はあ?!」 「ありがとうございます!」
私はこのまま彼らと一緒にトラム王国に向かう事となったのだった。
――その頃のベール王国――
「マルセル侯爵、今回の件だがうちの馬鹿息子が失礼した」
「いえいえいえ! アッパー公爵様が謝られる事などありません!」
ここはロゼリンの実家であるマルセル侯爵家の応接室。今日はロゼリンの婚約者であったゲオルグの父、アッパー公爵が婚約の破棄の書類を持ってマルセル侯爵家を訪れていた。
「我が家できちんと調べた結果、息子は浮気をしていた。ロゼリンさんには慰謝料を支払わせていただく」
「そ、そうでらっしゃいますか」
「ところで今日はロゼリンさんはご在宅かな?」
「ロゼリンは⋯⋯臥せっておりまして⋯⋯」
出てけと言ったら、すんなりと消えたなんて言えない。
「ほう? それは残念だ。久しぶりに賭けチェスでもどうかと思ったのだがな」
「か、賭けチェス?!」
いつの間にアッパー公爵とそんな関係に?! いや、どんな関係だよ?!
「ああ。賭けると言っても大金を賭ける訳じゃないぞ? お遊び程度なのだが彼女とすると結構面白いのだ。また今度誘おう。では失礼する」
「さ、さようでございますか。ではまた⋯⋯」
ど、どうしょう⋯⋯? あの脳天気娘は何処で何をしているのだ?!
数日前までのマルセル侯爵家の夕食の席は、四席分設けられていたが、今では三席となっている。
「お前達、今回の婚約破棄騒動の件だが、社交界ではロゼリンについて何と言われている?」
「ロゼリンですか? 以外にも好印象ですわ。すっきりしたと褒められるのです」
浮気男に怯まず、少ない言葉で社会的に落としたカッコイイ! とか、貴族的な表現ではなく、ズバズバと明け透けのない言葉による攻撃が気持ちよかったなど、至って好印象であった。
「ただ⋯⋯今度ぜひお茶会に連れて来て欲しいと言われるので困ってしまって⋯⋯」
私の娘とも侯爵家の娘とも思えないほどガサツな娘は放浪してしまった。元々令嬢らしさもなく、よく分からない事ばかりする娘だったので、どこかでしぶとく生きてはいると思うのだけれども⋯⋯
だってあの子は昔から⋯⋯
『奥様! ロゼリン様がいらっしゃいません! 愛用のズタ袋と剣がなくなっております!』
『何ですって? 今からお茶会なのに、また逃げたの⋯⋯?』
『馬が一頭消えておりますので、どこかへ遊びに行かれたのかと⋯⋯』
そして夜になるとふらりと窓から帰ってくるのだ。
あの子にはドレスも宝石も与えるだけ無駄だった。女性同士の社交の為に買ったのに、勝手に換金して町で買い食いをしたり、酒場で見知らぬ中年男性と酒盛りをしたり、孤児院で剣を教えていたり⋯⋯淑女としての血が一ミリも感じられない子だった。
「俺も学園で姉上について聞かれますよ。主に騎士科の生徒や女性ファンに⋯⋯」
俺が産まれた頃⋯⋯姉のロゼリンはすでにゴリラ女だったらしい。そう俺の侍女が言っていた。
『オラ! 来い! もうすぐ穴からシャバに出て半年だぞ! 歩け! 馬なんて産まれたその日に立つんだぞ! 無理なら今日はほふく前進でも良し!』
『ロゼリン様おやめください! お坊ちゃんはまだ六か月です! お座りしかできません!』
『甘やかすな! 漢とは産まれ落ちた時から漢なのだ!』
そんなやり取りが頻繁にあったらしい。
そして俺でも覚えている事と言えば⋯⋯
『あなたが我が弟の剣の指南役だと? ほう? なかなか強そうではないか! 私と共に弟をガチムチの騎士に仕立てよう! ハハハハ!!』
『おや? 令嬢は一目見ただけで俺の強さが分かるのか? お嬢ちゃん、ただ者ではないな? ならば共に鍛えようぜハハハハ!!』
『『ハハハハ!!』』
と言って一瞬で意気投合し、剣の先生と姉上に日々ボコボコにされた記憶だ。どうして令嬢があんなに強いんだよ⋯⋯
それに⋯⋯
『へぇ~体はナヨいがソコは――――』
『ギャア!! どうして姉上が俺の浴室にいるんだぁ?!』
とか、初めての閨の指南を受けていた時には⋯⋯
『弟よ、次期当主として性教育はバッチリか? どうだ? ん?』
『ギャア?! いつから俺の部屋にいたんですかぁ?!』
『きゃあ! ⋯⋯お姉さまもご一緒にどうですかぁ? カッコいいかも~』
⋯⋯本当に無理。あの姉には振り回されてばっかりだった。
だが学園では思いの外、姉上は人気者であった。
「ロゼリン殿! 今日こそは我々に剣術の指南をお願いしたい!」
「仕方ねえなぁ~少しは強くなったのか?」
「ロゼリン様! クッキーを焼きましたわ! 私達も剣術の指南の見学に参りますわ!」
「ありがとよ! これ美味いんだよな~じゃあ頑張っちゃおうかな? 第二訓練場ですんぞ~」
そう、これは侯爵家だからとか権力云々の問題ではなく、純粋に姉上自身の人気だった。
しかもきちんとした場所ではちゃんと侯爵家の淑女としての顔もできるので、文句の言いようが無かった。
「これからどうするかね⋯⋯」
「寝込んでいるなんて嘘はつき続けられませんわ」
「姉上は元々病気もしなければ悩みもありませんからね」
「留学でもした事にするか⋯⋯」
苦肉の策としてマルセル侯爵家のロゼリンは、お隣のトラム王国に留学している事とされた。そしてそれは存外、的を外してはいなかったのだった。




