微妙な家族
「お前はこの婚約の意味を分かっているのか?! それにあんな公衆の面前で婚約破棄をされるなど、我が侯爵家の人間として何とも嘆かわしい!」
これは私の父である。この男は自身よりも上の者にはヘコヘコし、下の者には威張り散らす典型的な糞野郎だ。見た目はかなり大柄で恵まれた体格だが武芸の才能は無い。
「本当に。あんな貧乏子爵家の小娘に負けたのだなんて⋯⋯恥ずかしいわ」
これは私の母。社交界での評判を気にしまくる負けん気の強い女。毎度毎度ドレスだか化粧品だかに金の無駄遣いをする平民の敵だ。以前散財するなと文句を言ったら私の衣装などの予算もすべてこの女に取られる事となった。
「俺の姉さんだとは思えないくらいガサツで無神経な発言だったよね。同じ血が流れているなんて思いたくもないよ」
これは弟。家では偉そうな顔をして威張るが、外ではニコニコとして感じのいい美形貴公子を演じている。母に似て線の細い軟弱男。全身の肉の鍛えが全く足りていない。
「はぁ⋯⋯」
元冒険者で騎士だったフェリックスはなぜかこの体、ロゼリン・マルセル侯爵令嬢へと生まれ変わっていた。あの日親友を庇って死んだはずなのに不思議な事もあるものだと思った。
「ロゼリン聞いているのか?!」
「え、ああ、聞いていませんでした」
「この馬鹿娘が!!」
「おっぷ」
――ドゴン――
この父親は頭に血が上ると実の娘にも手を上げる最低な男だ。本当に騎士の、いや、男の風上にも置けない野郎だよな。
「きゃあ! あなた!」「おい! 父上に何をするんだよ!」
「私は避けただけです。何もしておりませんが」
「で、出ていけ!! お前なぞ我が家の娘ではない!!」
「はいはい。さようなら~」
――パタン――
「はぁ~。何だかなぁ⋯⋯」
私の前世であるフェリックスは戦争孤児だった。気づいた時には親はいなかったから家族という物にある種の憧れを抱ていたのだが、ロゼリンの家族であるマルセル侯爵家は他人の様だった。上手く例えられないが、騎士の各部隊長がたまに夕食時に集う様な感じだろうか。屋敷も大きいし、それぞれがどこで何をしているのか全く分からない関係だった。会社で例えるのなら、それぞれが違う部署で働く部長みたいな。
私と婚約者であったゲオルグとの婚約は政治的に昔から決められていた事であった。そこにお互いの意思は一切ない。だが一応この家の娘として婚約者とは普通に交流をしてきたつもりだ。よってゲオルグが浮気をしたのは私のせいではない。奴は元々睾〇に脳みそが詰まっているエロ男で、欲望を我慢できず側にいた色々とユルそうな幼馴染に手を出しただけなのだ。
「そうだ、ゲオルグから誕生日にもらった趣味の悪い宝石を持って行って換金しょう。これから平民になるのだからお金は大事だもんな」
前世の平民だった頃は金が無くて生きていくだけで大変だったが、衣食住がいつも不安定だった代わりに果てしない自由はあった。
ロゼリンの生活はその逆で衣食住は十二分に満たされてはいるが全く自由が無かった。そう、結婚さえも。どちらがいいかなんて人によって価値観は違うし比べ様は無いけれど、でも自由を知っている私には貴族女性の生活は窮屈で仕方がなかった。
⋯⋯まぁたまに抜け出して走り回ったり、馬に乗って遠出をしたりしてイライラを解消してはいたけれどな⋯⋯夜は部屋で筋トレに励んでいたりもしたけれど⋯⋯
「さて、行きますかね」
手持ちの中で一番シンプルな鞄に荷造りをして、弟が今よりも、もう少し小さかった頃の服を着る。あーぁ、いつから弟にまであれ程までに嫌われる様になったんだろうな。小さい頃はそれなりに仲は良かったはずなのに⋯⋯
靴は乗馬で履くブーツに邪魔な髪はしっかりと留めて、武器は廊下に飾ってあった鉄の剣を持って行こう。昔のマルセル家は武人の家だったのだ。今でもいたる所にその痕跡がある。
それにいつものズタ袋と学園で使っていたローブを羽織れば完璧だ。
「いざ出発!」
廊下で母の侍女や弟の従者達とすれ違ったが、もちろん彼らは驚きつつも誰も私を止めなかった。母の侍女は母のみの担当で、弟の侍従は弟の為だけに動くからな。それに私の奇行はいつもの事だし、彼らの仕事と私の行動は一切関係ない。
ちなみに私に侍女はいない。昼間に部屋を掃除してくれる掃除係がいるだけだ。その方が気楽でいいからそうしているし、着飾る時だけ屋敷の誰かが手伝ってくれるので困る事はなかった。
さて、お楽しみのこれから私が向かう先は――――
「お隣、トラム王国!」
トラム王国は前世の時に産まれ育った国である。ロゼリンはここベール王国で産まれ育って18年も経つが、どれだけ長い時間が経とうとも前世で過ごしたトラム王国を祖国だと思ってしまうのは何故だろうか。それに⋯⋯
「あぁ親友がいたらどうしょう?! 道でバッタリ会っちゃったりして~! あ⋯⋯でもきっと結婚して子供もいて⋯⋯フェリックスの事なんかすっかりと忘れて⋯⋯」
――ピキピキ――
⋯⋯あ、ヤバい⋯⋯魔力が漏れた。ちょっとお漏らしをしてしまった。最近はこんな失敗などしなくなったのに親友の事を思うと駄目だな⋯⋯私だって頭では分かっているのだよ? 親友が愛する家族と幸せに暮らしているのなら私も幸せ⋯⋯――ピキピキ―― ⋯⋯この件についてこれ以上考えるのは止めよう。このままでは屋敷の前が凍つく。
「では、18年間お世話になりました!」
私は屋敷を出てから振り返ってお礼を言い、ちらりとそれぞれ家族が住む辺りを流し見たが、誰も窓の外を見てはいなかった。
私は堂々と表門から旅立ってやった。 ロゼリンは良い子なので嬉々として父親の言った『出て行け!』に従うのだった。




