ルーカス・グロリア
「⋯⋯ん? 朝か⋯⋯あれ? どこに行った?」
起きたら彼女がいなくなっていた。
「夢だったのか?」
なら随分と都合のいい夢を見ていた様だ。
俺はトラム王国第三騎士団所属のノルベルト・リンヴァリー。まぁまぁ裕福な貴族家庭の次男に産まれて騎士になった。そんなよくいそうな男だが普通ではない所がある。それは前世の記憶がある所だ。
ルーカス・グロリア。それが俺の名前だった。俺は男爵家の次男で家は商売をしていた。将来的には兄が家を継ぐので、俺は実家の商会を手伝いつつ、トラム王国の騎士になった。次男や三男が騎士になるなんてよくある話である。
そして俺が騎士として働いている時にトラム王国は隣のベール王国と戦争を始めた。
「ルーカス・グロリア。明日から一般市民から募集した騎士候補生の教育任務を任せる」
「は!」
直ぐにでも戦地に送られるのかと思ったら、平民の募集騎士候補生の教育を任された。高位貴族の騎士は平民の指導などしたくなかったのだろう。男爵家の次男にはぴったりの仕事だ。
そして俺は彼らの指導に向かった。
「君達が騎士候補者だな? 初めまして。私が君達の指導をするルーカス・グロリアだ。よろしく」
「へ~」「シャ!」「よろしく~」「よ!」「にーちゃん若いな!」「いいケツしてんな!」
「⋯⋯」
それは前途多難すぎた。まずどこから指導すればいいんだよ? 『シャ!』って何だよ⋯⋯?
その中でも特にこの男が大問題だった。
「おい! フェリックス! どうしてルイスを殴ったんだ?」
「俺のケツを触りやがったからだ!」
フェリクスはちっこくて女みたいな可愛い顔をしているので、よく仲間からちょっかいを掛けられるのだが、見た目とは裏腹にこいつは狂犬でよく暴れてくれた。
「⋯⋯それくらいで殴るなよ」
「じゃあお前のケツを差し出せよ! おいルイス! このケツだったら好き放題していいってよ!」
「おいぃ?! 俺はそんな事は言っていないぞ?! おい!? お前ら止めろよ?! おおぉお?!――――」
――ヒュ~――ピ~ピ~!――ヤっちまえ!―― 押えてつけろ!――
こんな事は日常茶飯事だった。
「おい! フェリックス! どうして剣を大事にしない? 剣を大切にしないのは騎士としてあり得ないぞ!」
「はぁ? 俺達は戦場に行くんだろ? だったら死体の数だけ剣は落ちてるんじゃねーの? 危ない目に遭ってまで剣を手放さないなんておかしくね?」
⋯⋯剣を大事にする騎士としての根本的な考え方からして違う。
「すぐに代わりの剣が見つからなかったら丸腰になるぞ? 敵相手にどうするんだ?」
「そん時はルーカスを盾にして逃げるわ。死にたくないし」
「おいぃぃ」
「まぁ別に俺が死んでも何も変わらないよ。知り合いが『そういえばそんなヤツもいたなぁ~』なんて言うくらいのもんだよ」
「⋯⋯」
孤児院育ちのフェリックスは酷く危うかった。
だから気づいたら目が離せなくて⋯⋯
「パンを千切ってテーブルに一列に並べるな」
「先に千切っておけば食べやすいんだよ。やってみれば?」
「マナーが悪い」
「こんなボロいテントの中で誰に見せる訳? ほらルーカスのも千切ってやるよ! ほら!」
「あぁあ! お前の手が汚れているぞ?! 食事の前に手は洗ったのか?!」
「トイレ行った後に洗ったはず⋯⋯あれ? 忘れたかも」
「ブフォ!」
馬鹿な事ばかり起こって、怒って、いつの間にかフェリックスから親友と呼ばれる様になっていた。
「誰だ?! 壁に俺の悪口を書いた奴は! フェリックスだろ!」
「違うよ。俺は親友の顔をここに書いただけ。そしたら他の奴らが悪口書いた。でもこの絵は皆が似ているって褒めてくれた」
「こ、この顔って俺だったのか?! こんな顔じゃないだろう⋯⋯?」
それは鼻の下がみょ~んと伸びた馬面の爺の顔だった。
ある時は――――
「誰だ! 俺の顔に落書きしたのは!」
「落書きじゃないよ。よく寝てるから化粧してみた。不細工だけど」
「⋯⋯俺マジで不細工だな⋯⋯」
またある時は⋯⋯
「フェリックス! 俺の部屋でハムスターを飼うな!」
「え~? 可愛いじゃん。俺は面倒見るの忘れちゃうからさぁ、な? 親友!」
「おい! 俺が面倒みるのかよ?!」
だったり⋯⋯
「フェリックス! 俺の部屋に知らない人がいるぞ! お前の知り合いか?!」
「昨日道にいたハームスさんって人だよ。家がないんだって。可哀想だと思わないか? 親友?」
「おいぃ! 俺が面倒見る訳ねーだろ! おっさんはハムスターじゃねーんだよ!」
「ハムスターじゃなくてハームスさんだって」
そんな馬鹿らしくも可笑しい日々を送っていたが、それなりに訓練を終えた騎士候補生達は、俺と共に戦場に送られた。
いつも隣で笑って飯を食っていた奴らが戦闘毎にポツポツと消え始めて、更に減って、それでも俺とフェリックスは生き残った。
元冒険者のフェリックスは強かった。だから死ぬ事なんて絶対にないと思っていた。戦場に絶対なんてあり得ないのに⋯⋯
――コンコン――
「隊長いらっしゃいますか? 起きていますか? 朝一で報告書を提出して欲しいそうです」
「あぁ。今起きた。準備したら向かうよ」
昨晩のはやっぱり夢だったのか⋯⋯死んだはずのフェリックスが女になって俺の元に帰ってきて、一晩一緒に過ごしたなんてあり得ないし。
⋯⋯俺って同性のフェリックスをそういう目で見ていたのか? だからあんな夢を見たんだな⋯⋯自分の気持ちなのに今まで気づかなかったなんて⋯⋯ 鈍いのかな。しかも気づいた所でフェリックスはこの世にいない。
「はぁ⋯⋯頭痛ぇ⋯⋯昨日は飲み過ぎたわ。⋯⋯あれ?」
ノルベルトが上半身を上げると、ベッドの右横には水色の長い髪の毛が落ちていた。




