二度ある事は三度あるのかもしれない
昔フェリックスが何度かお世話になった安宿に一週間ほど部屋を取って、久しぶりのトラム王国の王都を歩く。石造りの建物は時間の経過を感じさせないけれど、大通りの地上階にあるお店は変わってしまったみたいだった。長いこと家賃の高い王都で商売を続けるのは大変なのだろう。
「だが以外にも大して美味しくなかったパン屋が生き残っていた⋯⋯うん。今でも味は普通」
フェリックスが何度かお世話になった事のあるお店でパンを買い、それを食べながら町を歩くと懐かしい広場に出た。
「ここの噴水で親友に怒られたな~」
『おい! ここでお前は何をしているんだ?!』
『洗ってるけど?』
田舎では見たことも無いほど大きな噴水だったし、暑かったから中に入って体も服も洗っていた。
『ここは噴水だ! 風呂じゃない!』
『夏だし別にいいじゃん。ここは水が沢山湧き出ているんだろ?』
あの頃の俺は市民が共同で使う洗濯場と噴水は同じような物だと思っていた。
『水なんか湧いてねーよ! 水を循環させてるんだよ!』
『へ? じゃあ汚れた水はどこに行くんだ?』
先ほど野鳥が噴水の水を飲みに来てフンを落として去ったのだが。
『どこにも行かねーよ! 循環するって言っただろ!』
『⋯⋯汚いなぁ』
『お前が言うな!!』
これも懐かしい思い出だ。
ロゼリーは噴水の横を通り過ぎ、今度は坂道を上がり始めた。
「王都名物坂道!」
王城は攻められにくくする為か、入り組んだ道を進んだ小高い丘の上にある。
そしてそこを上り切った所には王城と王都を見渡せる聖堂があるのだ。
「久しぶりだな~ここからの景色は」
聖堂の庭から眺める王都はフェリックスが見た景色と何一つ変わった所は無い様に感じた。ただ少し、柵のペンキの色が変わっただろうか。それくらいの変化だ。
「おい、一人でここで何をしている?」
「え? ヤダ⋯⋯」
過去を懐かしむロゼリーの後ろには、先ほど別れた変隊長がいた。
「おい何だその不審者を見る目は! 俺は騎士団の詰所に寄って帰還報告をしただけだ!」
「以前『ハァハァ⋯⋯可愛い子猫ちゃんは僕の側にいてねぇ! ハァハァ⋯⋯絶対だよぉ?』って言われたのを思い出して⋯⋯」
「本当に偶然だ!」
「⋯⋯市民を守るはずの騎士様が変態だった場合、どこに相談すればいいと思いますか?」
これは難題だ。しかもその人物が隊長などと呼ばれる権力者だったのなら尚更⋯⋯
小市民で外国人の小娘には抗う術など無いに違いない。
「⋯⋯そんな変態騎士はこの国にはいないから安心しろ。俺はここから見える景色を眺めるのが好きなんだ。遠征から帰ったら必ずここに寄る」
今日は天気がいいので遠くまでよく見える。郊外では向日葵が満開なのだろう、丘が黄色に染まっているのでとても美しい。向日葵は観賞用にもいいが、ひまわり油が採れるので農家では夏に向日葵を栽培している所が多い。
「じゃあ今度こそさようなら」
「あぁ元気でな」
景色を眺めて満足した私は、下りの坂を下りつつ生活に必要な日用品を買い、宿に置いてからフェリックス行きつけのパブに入った。
「こんばんは~」
「いらっしゃい」
あの頃と同じ店名のままのパブは、店内もそれほど変わってはいなかった。若かった店主は随分と老けたが今でもここで働いていた。
「安ワイン下さい」
「はいよ」
いつもの酒を頼む。安ワインとは店主がどこかで買ってきた樽のワインで、瓶に詰めてある物とは違う安いワインである。
店の店内はその空樽がテーブル代わりとなっていて等間隔に置かれており、そこで立ち飲みするのがこの店の飲み方である。椅子が無い分、酒が安いのだ。
「こっちも安ワイン一杯」
「はいよ」
「⋯⋯ん? え?」
ここ数日聞きなれた声が背後から聞こえたので振り返ってみると⋯⋯なんとロゼリーの後ろに変態長がいた。
「おい、言っておくが俺の方が先にこの店に来たんだぞ!」
「隊長のくせに安酒を飲むのですか? もっと高そうな⋯⋯そうですね、娼館の酒とかの方が変態長向きではありませんか?」
金持ちが率先してお金を使わないと経済が回らないのに⋯⋯ケチなのかなぁ⋯⋯
「娼館!? はぁ⋯⋯。いいか? ここは俺の行きつけの店だ。 お前こそどうしてここにいる? ここは女性の来る様な店じゃないだろ?」
「貧乏なので。質より量です」
金があってもチマチマ飲むレストランのワインみたいな飲み方は苦手だがな。
実家の晩餐で高級ワインをたらふく飲んだら親にキレられた事がある。味わって飲めだの、はしたないだの言われて美味かった酒が一瞬で不味くなった。だから私は安酒で十分だ。
「量ねぇ? 女性の君がそれ程飲めるとは思えないけどな」
「ほう? 言っておきますが私は強いですよ。変態長の財布を空にするなど朝飯前ですねぇ」
とりあえず売られた喧嘩は買う。だが酒代は変態長持ちだと明言しておく。
「そうか。じゃあ俺が飲み負けたら酒代は払ってやるよ」
「いいですよ。では乾杯」
――カチン――
――チュンチュン――
「ん⋯⋯暑っ⋯⋯ん? 何だこれ?」
目を覚ますと、夏なのに湯たんぽみたいな物が胸の上にあったので投げ捨てようとしたら湯たんぽではなかった。
「⋯⋯これは腕だな。寝相の悪い⋯⋯っておい、誰の腕だよ?!」
一瞬フェリックス時代の雑魚寝を思い出したが、今は可愛らしい女性である。雑魚寝などあり得ない。ではこの腕は何だろう?
恐る恐るロゼリーが左を見るとそこには変態長がスヤスヤと眠っていた。
「?!?!」
そして裸であった。しかもその体はロゼリーの理想とするかなり鍛え上げられた肉体で⋯⋯
「⋯⋯デカ⋯⋯」
一瞬ロゼリーの中のフェリックスがソレの大きさに嫉妬しそうになったが、そうではない。今の自分は女性だ。その嫉妬は必要ない。
「と、とりあえず逃げよう⋯⋯」
ロゼリーは床に散らばった服をかき集めて最速でそこから逃げ出した。




