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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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儀礼魔力ゼロは、誰の生活も測っていません

儀礼魔力ゼロ。


 その五文字は、測定票の中央でやけに偉そうにしていた。

 七歳の俺の人生を北の冷遇塔へ運んだ、たいへん働き者の文字である。本人である俺より仕事が速い。


 教育卿室の使いは、その測定票を胸の前に掲げた。


「殿下ご自身の判定はすでに完了しています。完了した判定に基づく配置ですので、北塔の待遇も教育上の適正範囲です」


 完了。

 前世の監査係だった俺は、その言葉が嫌いだった。

 完了と書かれた箱ほど、中に未処理の人間が詰まっている。


「質問する」

「何でしょう」

「儀礼魔力ゼロは、誰の朝飯を測った」


 使いのまぶたが一度止まった。


「魔力値です」

「なら、朝飯ではない」

「当然です」

「では、俺の従者の朝粥三十杯を減らす理由にするな」


 ミナが配膳板を抱きしめた。

 ルイは薪札を両手で握り、ロイは水桶の縁から指を離さない。

 三人とも、俺のゼロに巻き込まれている。


 第八王子ノエルが無能だから、北塔に多い麦粉はいらない。

 ノエルが無能だから、寝台布は古くていい。

 ノエルが無能だから、従者の勤務評価は低くて当然。


 なるほど。

 俺の価値はゼロらしいが、そのゼロはずいぶん便利に掛け算されている。


「測定票を四つに分ける」

「殿下」

「分けない帳票は、人を潰す」


 俺は青い保留札を測定票の脇へ置き、炭筆で余白に線を引いた。


 儀礼魔力。

 教育評価。

 生活影響。

 従者待遇への転用。


「儀礼魔力はゼロでいい。俺は会議に呼ばれないほうが助かる」

「……認めるのですか」

「数字は認める。数字の乱用は認めない」


 俺は二段目に、教育評価未判定、と書いた。


「魔力がゼロでも、配膳表は読める。薪札も読める。水路管理表も読める。昼寝の邪魔をする書類は特によく読める」


 ルイが小さく笑い、あわてて口を押さえた。


 三段目。

 生活影響、未確認。


「この欄が空欄だ。俺が北塔に送られた結果、誰が何を失ったか確認していない」

「第八王子殿下お一人の配置に関する文書です」

「違う。配置は場所を動かす。場所を動かせば、飯、薪、水、寝床、従者の勤務が動く」


 俺はミナを見た。


「ミナ。俺が来る前、北塔の朝粥は何杯だった」

「……薄くても、三十杯分の麦粉は来ていました」

「ルイ。寝台布は」

「古いけど、濡れたら替えがありました」

「ロイ。水桶は」

「朝と夜、二回でした。今は一回にされそうでした」


 使いは口を挟もうとしたが、俺は先に測定票の空欄を指で叩いた。


「これが生活影響だ。俺がゼロだから、三人の朝飯と寝床と水を減らせる、と誰が確認した」

「教育上の節度として」

「節度は腹に入らない。寝台にもならない。水桶も持たない」


 前世でも、節度や効率や適正という言葉はよく出た。

 出たたびに、誰かの休憩が消えた。

 俺はそれで一度死んでいる。

 二度目の人生では、少なくとも昼寝前に同じ言葉を通さない。


 四段目。

 従者待遇への転用、禁止。


「俺の魔力値を、従者の生活罰に使うな」


 自分で言って、少し変な気分になった。

 俺を守るためではない、と言いながら、俺の測定票に青札を貼っている。

 だが、これは必要な手順だ。

 俺の行が処理済みのままだと、その下にいる人間の朝がずっと未処理のまま閉じられる。


「殿下ご自身の保護者確認欄も、空欄ですね」


 ミナが震える声で言った。

 俺は測定票をのぞき込む。


 保護者確認。

 空欄。


 王子に保護者という言葉を使うのは奇妙だが、七歳の子供を塔へ送るなら、誰が見届けたかは必要だ。

 空欄のまま処理済みにされた子供が、ここに一人いる。


「では、暫定規則を追加する」


 俺は新しい青札に書いた。


 儀礼魔力ゼロは、魔力値のみを示す。

 生活影響明細および保護者確認が未記入のため、北塔配膳、寝具、水、従者評価への罰的転用を保留する。

 本人および北塔従者の生活条件確認が終わるまで、処理済みとして扱わない。


 ロイが、最後の行を指でなぞった。


「殿下も、処理済みじゃないんですか」

「そうだ。俺は未処理だ」

「それ、いいことですか」

「この場合はな。未処理なら、勝手に閉じられない」


 ルイが薪札を一枚、俺の青札の横へ置いた。

 ミナも配膳板の写しを置く。

 ロイは水桶の把手に結んでいた小さな布をほどき、札の端に結んだ。


 大げさな忠誠ではない。

 ただ、朝飯と寝床と水が、同じ未処理の列に並んだだけだ。


 使いは青札を見下ろし、低い声を出した。


「教育卿室に確認を取ります」

「取れ。写しは渡す。原本は北塔に置く」

「また原本ですか」

「原本は、生活がある場所に置く。王宮の棚は腹が鳴らない」


 使いが測定票を閉じようとした時、紙の裏が少し浮いた。

 古い糊がはがれ、裏面の追記欄が見える。


 儀礼魔力ゼロ対象者の生活影響確認は、祝灯式前日までに教育卿または代理保護者が承認すること。


 そして、代理保護者欄には、すでに薄い灰色の印が押されていた。


 祝灯式菓子試作費。

 測定石管理。

 従者評価。


 同じ形の、同じ古い保管印。


 俺は昼寝予定の時刻を思い出して、深くため息をついた。


「次は、誰が俺の保護者になったことにしたのかを読む」


 七歳児の保護者欄まで未処理とは、王宮は本当に昼寝に向いていない。


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