勤務評価は、朝飯を食べた罰ではありません
教育卿室の使いは、俺の置いた青い保留札を見下ろした。
「従者の勤務評価は、教育卿室の所管です。第八王子殿下が口を挟むものではありません」
口を挟むな、という言葉は便利だ。
前世の職場でも、残業時間の記録にだけは誰も口を挟ませなかった。挟まなかった結果、人が倒れ、倒れた人間の評価欄に『体調管理不足』と書かれた。
俺は七歳の手で、朝粥の椀を一つ持ち上げる。
軽い。
空になった椀は、食べた証拠だ。
同時に、食べなければ倒れていた証拠でもある。
「勤務評価というなら、まず評価対象を分ける」
「何を」
「人間と、朝飯だ」
俺は古い配膳板を裏返し、炭筆で三本の線を引いた。
勤務。
生活条件。
罰へ転用禁止。
「ミナは朝粥を配った。これは勤務だ」
「はい」
ミナは小さく返事をした。まだ使いの外套を怖がっているが、手は椀から離していない。
「ルイは薪を運ぶ前に食べた。これは生活条件だ」
「ぼく、食べたから階段で転びませんでした」
「ロイは水桶を落とさなかった。これも生活条件だ」
「うん」
俺は三人の名を、それぞれ別の欄に書いた。
名前は同じでも、欄が違えば意味が違う。
評価欄にまとめて放り込めば、朝飯も、水桶も、眠れた夜も、全部『殿下に便宜を図った証拠』にされる。
「勤務評価は、朝飯を食べた罰ではありません」
俺はわざと、使いにも聞こえるように言った。
「食べた者を罰すれば、次から食べなくなる。食べない者は薪を落とし、水桶を割り、寝台布を濡らす。すると教育卿室はまた『北塔の勤務態度が悪い』と書く。便利な永久機関だな。俺は嫌いだ。昼寝の邪魔になる」
使いの口元が歪んだ。
「殿下、これは王宮教育の秩序を守るための再確認で――」
「なら、秩序を守る順番を書け」
俺は新しい欄を一つ足した。
確認順序。
一、食べたか。
二、眠れたか。
三、怪我なく勤務に入れたか。
四、そのうえで勤務内容を見る。
「この順番を飛ばした評価は、評価ではなく罰の予約票だ」
ミナが息を止めた。
ルイとロイは、炭筆で書かれた『食べたか』の行をじっと見ている。
「殿下、それは……わたしたちが先に書いていいんですか」
「本人が先に書く。腹が鳴ったかどうかを、教育卿室の椅子は知らない」
前世の監査でも、現場の一行が帳簿の嘘を壊すことがあった。
配送済みの荷物が、倉庫の隅で濡れている。
退勤済みの社員が、仮眠室の床で寝ている。
完了と書かれた紙ほど、生活の到着を見ない。
ミナは炭筆を握った。
ミナ。
朝粥を食べた者を確認した。
食べた後、食器を割らずに片づけた。
罰へ転用禁止。食事確認は怠慢ではない。
ルイも続く。
ルイ。
薪運び前に食べた。
階段でふらつかなかった。
罰へ転用禁止。食べたから働けた。
ロイは少し悩んでから、丸い字を書いた。
ロイ。
水桶を落とさなかった。
朝飯があったから手に力が入った。
罰へ転用禁止。水桶を守るため。
小さな配膳板の裏が、急に強くなった。
王宮の立派な羊皮紙ではない。焦げ跡の残る板だ。
だが、そこには生活が到着した順番がある。
使いは板を奪おうと手を伸ばした。
「その記録は教育卿室で保管します」
「駄目だ」
俺は板を引いた。
「原本は北塔に置く。教育卿室には写しを渡す。しかも、生活条件欄を消さない写しだ」
「殿下にそのような記録管理権限は――」
「ある」
俺は測定票を指で叩いた。
儀礼魔力ゼロ。
教育卿室担当印。
生活影響明細、空欄。
保護者確認、空欄。
「俺の冷遇塔送りは、この紙で決まった。つまり教育卿室は、俺の生活条件を確認せずに処理した前例がある。だから今、同じ室が三人の生活条件を消そうとするなら、当事者である俺が保留する」
七歳の王子が言うには、ずいぶん面倒くさい理屈だ。
だが、面倒な理屈は大事だ。雑な命令は人を早く壊す。
「本日の暫定規則」
俺は青い札に書いた。
北塔勤務評価は、生活条件確認後に行う。
朝食・睡眠・怪我なし勤務開始の本人記入欄は、罰へ転用禁止。
原本は北塔保管。写し請求には生活条件欄を添付すること。
「これで、少なくとも今日の昼までは三人を罰名簿にできない」
「昼まで、ですか」
ミナが不安そうに聞く。
「昼まで守れれば、俺は昼寝をする。昼寝の前に次の書類を読む。昼寝の後なら、もっと性格が悪く読める」
ルイが少し笑った。
ロイも、椀を抱えたまま笑った。
使いは青札と配膳板を睨み、最後に測定票を見た。
その視線が、一瞬だけ揺れる。
測定票の下端。
薄い灰色の保管印が、朝粥の祝灯式菓子試作費に押されていた印と同じ形をしていた。
教育卿室。
測定石管理。
祝灯式予算。
従者評価。
全部、同じ箱に戻っていく。
俺は青札をもう一枚取り出した。
「次は、この“儀礼魔力ゼロ”を読む」
魔力がないこと自体は構わない。
会議に呼ばれず、昼寝できるなら最高だ。
だが、そのゼロで誰かの朝飯や眠りが罰になるなら、話は別である。
「ゼロと書く前に、誰の生活を数えた?」




