表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/16

改善妨害記録は、昼寝を奪う証拠です

教育卿室の通知は、よく乾いた紙の匂いがした。


 きれいな封蝋、まっすぐな罫線、威圧的な文言。

 前世の監査部で何度も見た。中身が一番危ない書類ほど、外側だけは整っている。


 未承認配膳改善。

 優先順位の不当変更。

 関係従者の勤務評価再確認。


「殿下、わたしたちのせいで……」


 ミナが椀を片づける手を止めた。

 ルイとロイは、食べ終えたばかりの木椀を胸に抱えている。朝粥の湯気はもう消えたのに、二人の指はまだ椀の温かさを離したがらなかった。


 七歳の第八王子ノエルとしての俺は、紙より小さい背丈で、紙より大きい面倒に巻き込まれている。


「違う」


 俺は通知を机に置き、青い保留札を一枚重ねた。


「これは、おまえたちが悪いという書類ではない。俺の昼寝を奪う書類だ」

「ひ、昼寝ですか」

「重大だ。俺が昼寝できない国は、必ずどこかで手順が壊れている」


 ミナは泣きそうな顔のまま、少しだけ目を丸くした。

 よし。恐怖で固まるより、呆れて動けるほうがいい。


 俺は通知の三行目を指で押さえる。


「関係従者の勤務評価再確認。まず、この“関係”とは何だ」

「殿下の配膳に関わった者、という意味かと」

「では、関わった生活を書かせる」


 俺は配膳表の裏に、新しい欄を引いた。


 氏名。

 確認した生活。

 改善で得たもの。

 罰に転用してはならない理由。


「勤務評価は、人間を叩く棒ではない。本来は、眠れたか、食べられたか、仕事を安全に続けられるかを見るためのものだ」


 前世にも、評価という名の呪いがあった。

 残業で倒れた人間に「自己管理不足」と書く紙だ。あれを書いた上司の椅子だけは、なぜかいつも柔らかかった。


 異世界の教育卿室にも、同じ椅子の気配がする。


「ミナ。おまえは何を確認した」

「え、ええと……朝粥三十杯が、名前のある人に配られたことを」

「書け」


 ミナは震える指で、自分の名を書いた。


 ミナ。

 確認した生活 朝粥三十杯、受椀、着席、一口確認。

 改善で得たもの 午前仕事前の食事。

 罰に転用してはならない理由 食事確認は怠慢の証拠ではなく、倒れないための条件。


「ルイ」

「ぼ、ぼくも書くんですか」

「書けるところだけでいい。自分の腹の音は、本人証言として強い」


 ルイは真っ赤になりながら、太い字で書いた。


 ルイ。

 確認した生活 朝に一口食べた。

 改善で得たもの 薪運びの前にふらつかなかった。

 罰に転用してはならない理由 ふらつかないことは、仕事をさぼることではない。


 ロイも続いた。


 ロイ。

 確認した生活 丸パン半分。

 改善で得たもの 水桶を落とさなかった。

 罰に転用してはならない理由 落とさないための朝飯。


 小さな字だ。

 だが、罰名簿の空欄よりずっと強い。


 外階段に、また硬い足音がした。

 教育卿室の使いだろう。灰色の外套を着た男が食堂の入口に立ち、鼻で息をした。


「第八王子殿下。通知の受領確認を。関係従者名簿もこちらへ」

「受領はする」


 俺は通知の端に、受領時刻だけを書いた。


「ただし、名簿は渡さない」

「命令です。従者の勤務評価を再確認する必要があります」

「なら、生活影響明細を添付しろ」


 男の眉が動いた。


「生活、何ですか」

「その評価で、誰の食事、睡眠、手当、水桶、薪運びがどう動くかの明細だ。ないなら、評価ではなく脅しだ」


 俺は青札を男の前に滑らせた。


 改善妨害記録。

 対象 北塔朝粥三十杯。

 影響 朝食確認者を罰名簿へ転用する恐れ。

 暫定処理 関係従者名は北塔保留。本人記入欄を罰に使用禁止。


「これは何の権限で」

「第八王子の権限では弱いな」


 俺は机の隅にあった古い測定結果票を引き寄せた。

 儀礼魔力測定で、俺に“ゼロ”を押しつけた紙だ。何度見ても腹は立たない。魔力ゼロなら会議に呼ばれない。素晴らしい肩書きである。


 ただ、今日は違うものが見えた。


 測定石管理欄。

 担当者印 教育卿室。

 生活影響明細 空欄。

 再測定時の保護者確認 空欄。


 俺の眠い目の奥で、前世の監査眼が細く光った。


「面白い。俺を冷遇塔へ送った測定票にも、同じ空欄がある」

「殿下?」


 ミナが息をのむ。

 男は測定票を隠すように手を伸ばした。


 俺はその上に青い保留札を置く。


「従者の名前を罰に使う前に、教育卿室には説明してもらおう」


 今日はもう昼寝できそうにない。

 だが、昼寝を奪った相手の書類を監査するのは、少しだけ楽しい。


「儀礼魔力ゼロの“ゼロ”は、誰の生活を確認してから書いた数字だ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ