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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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北塔生活窓口代表は、一人の名で全員の明日を閉じられません

夜薬の匂いが薄く残る寝床の前で、ミトはまだ半分眠っていた。


 その枕元へ、厨房外返却口から四角い白札が届く。


 ――北塔生活窓口代表 一名記入のこと。


 白札の下には、薬瓶、洗濯水、夜番配送、端粥、明朝鍋番の五つの欄が、同じ細い線で結ばれていた。線の先は一つだけ空いている。代表名欄だ。


「殿下、これを書けば、北塔の処理が早くなるそうです」


 ルカの声は小さかった。早くなる、という言葉は便利だ。前世の監査室でも、早く閉じた書類ほど、人が遅く帰ってきた。


 僕は蜂蜜湯の椀を、代表名欄の真上に置いた。


「代表の名前を書く前に、誰の明日が動くかを書こう。ミトの薬を、マラの休憩で読んだことにはできない」


 テオが低い板を持ってきた。いつもの掲示板より、子どもの目線に近い。僕は釘を五本、板の上へ並べる。


 一つめの釘には、ミトが半分眠った字で書いた。


 ――明朝、熱を見てから薬棚へ返す。


「今夜飲んだから、明日の確認はいらない、にしないでください」


「しない」


 僕が答えると、ミトは安心したように毛布へ頬を押しつけた。


 二つめの釘には、マラが濡れた前掛け札を外さずに掛け直した。


 ――休憩半刻。賃金札は乾くまで保留、差し止めではない。


「代表の印で休憩を終わらせられたら、また桶の前へ戻されます」


 マラはそう言って、自分の名を小さく足した。手はまだ赤い。でも、字を書く指だけは震えなかった。


 三つめの釘の前で、ニルが帰り灯を置いた。


 ――次の配送は、本人が読んでから。


「僕、運べます。でも、読まないで次の台車へ押されるのは嫌です」


「それは臆病じゃない。帰れる条件を確認しているだけだ」


 ニルは息を吐いて、帰り灯の赤紐をほどかずに残した。


 四つめの釘には、ミナが鍋番の木札を掛けた。端粥の鍋には、明日の半椀分だけ麦が沈んでいる。


 ――明朝鍋番は、空鍋で引き継がない。


「代表欄で閉じると、この半椀まで『返却済み』になります」


「なら、鍋そのものを証人にしよう」


 ミナは鍋の蓋を少しずらした。湯気はほとんどない。けれど、明日の朝を始める匂いだけは残っていた。


 五つめの釘は、テオが自分の背丈に合わせて打った。


 ――北塔生活窓口代表欄は、五席の生活影響を読んでからでなければ使えません。


「代表って、殿下の名前を書くんじゃないんですか」


「僕の名前を書くだけなら、ここにいる全員の明日を僕が読んだふりになる」


 僕は白札を消さず、青い保留札を重ねた。代表名欄は空けたまま、五つの釘の下へずらす。


 代表とは、誰か一人に責任を押しつける欄ではない。


 薬を飲む子が明日も読めること。休む人が休んだまま賃金札を失わないこと。運ぶ子が次の仕事を自分で読めること。鍋番が空鍋を引き継がないこと。低い釘の前で、誰も背伸びしなくていいこと。


 その五つが残って、はじめて窓口は代表を名乗れる。


 ルカが最後に、白札の裏面へ様式番号を書き写した。


「殿下。この紙幅、古い配属決裁原簿と同じです」


 端の小さな数字が、灯りの下で浮いた。


 ――第八王子本人処理済み付属物一式。代表一名記入済み。


 僕の昼寝場所も、朝粥も、入口灯も、昔、誰か一人の代表名で閉じられていた。


 五本の低い釘が、同時に冷たく見えた。

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