代表者未設定の札は、北塔生活窓口の朝を閉められません
北塔生活窓口の低い五釘は、昨日のまま残っていた。
ミトの薬確認札、マラの休憩賃金札、ニルの次配送読了札、ミナの半椀鍋番札、テオが打った掲示高さ札。五枚とも、子どもの手で触れる高さに並んでいる。
なのに、窓口は開かなかった。
開閉紐だけが、大人の胸の高さで固く結ばれていたからだ。結び目には灰色の札が差し込まれている。
『代表者未設定につき、北塔生活窓口の開扉、昼寝札発行、入口灯油皿貸与を一時保留』
テオが背伸びをした。指先は結び目に届かない。
「釘は低いのに、開ける紐だけ高い」
その一言で、ノエルは札を破る手を止めた。
破れば、今日は開くかもしれない。だが灰色札は、また別の窓口で同じことをする。代表者の名前が一つないことを理由に、五人で作った朝をまとめて閉める。
標準開閉係の男は、困った顔で帳面を抱えていた。
「責任者欄が空白なのです。事故防止です。誰が開け、誰が灯りを借り、誰が昼寝札を出すか不明では――」
「不明なのは代表者名じゃない」
ノエルは低い五釘の横に、青い小札を四枚置いた。
「朝に開ける人。読める高さを確認する人。昼寝札を出す前に本人が眠れる状態を見る人。入口灯の油皿を夜まで残す人。責任は一人の名じゃなく、動作で読む」
ミナが油皿を抱え直した。昨日まで貸与物扱いだった小皿を、彼女は半分だけ別の皿へ移す。
「これは代表者の油じゃありません。夜に帰ってくる人が入口を見つける分です」
マラは休憩賃金札を外さず、札の下へ自分の字を足した。
「閉める前に、未読札を一枚ずつ読みます。読めなかったら、閉門じゃなくて保留です」
ミトは薬確認を大人帳面へ写さず、低い釘の横へ小さく書いた。
「薬は、窓口が閉まっても飲み終わり待ち」
テオは高い結び目をほどかなかった。代わりに、窓枠の下へ細い紐を一本通す。子どもの肩の高さで引ける、朝開け紐だ。
「これなら、明日も届く」
ルカが灰色札を捨てず、その上から青い札を重ねた。
『代表者未設定ではなく、開閉動作分担未記入。窓口停止不可』
標準開閉係の男は、しばらく青札を見つめたあと、帳面を閉じた。
「……本日の朝だけ、分担記入をもって開扉扱いにします。正式確認は後刻」
低い紐が引かれた。
窓口の木戸が、きい、と朝の音を立てて開く。
ミトの薬札が読める。マラの休憩札が落ちない。ミナの油皿は入口灯の横に残る。テオは背伸びをやめ、両足を床につけたまま開いた窓を見上げた。
ノエルは、灰色札の裏に小さな別文を見つける。
『北塔生活窓口、標準高さ確認の対象とする』
高い紐は、まだ残っている。
けれど今日の朝だけは、一人の代表者がいなくても、五人の手で開いた。




