夜薬補助便は、本人が飲んで寝床へ戻るまで厨房代表で閉じられません
薬瓶の底に、丸い冷たさだけが残っていた。
夜薬補助便、処理済み。
受取人欄、厨房代表。
本人投薬確認、後日まとめ。
きれいな三行だった。けれど、瓶を置いた木皿の縁には、小さな歯の跡がある。誰かが苦くて飲めず、もう一度持ち直した跡だ。
「殿下、厨房代表って誰ですか」
テオが首をかしげる。
ミナは薬棚の前で、布に包まれた小瓶を三本並べた。一本だけ、冷たい輪が大きい。夜のあいだ、寝床まで戻らず、どこかの台で待たされた瓶だ。
「代表は、名前ではありません」
僕は配送表の下に、低い板をもう一枚置いてもらった。ルカが青字で欄を分ける。
一、薬を受け取った人の名。
二、本人が飲んだ場所。
三、飲んだあと寝床へ戻れたか。
「これ、マラさんの休憩札の横に置いていいですか」
ニルが釘を握っていた。昨日、自分で打った前掛けの釘の隣だ。
「夜薬は、飲んだ人の体へ届いてから完了です。厨房の机へ届いても、まだ途中です」
薬棚の奥から、小さな咳が聞こえた。
ミトだった。母のマラが休憩へ入ったあと、洗い場の端で眠りかけていたが、熱が下がらない。厨房代表の受領印だけなら、ミトはもう薬を飲んだことになる。
でも、ミトの手にはまだ瓶がある。
「苦いです」
「苦いままでも、飲むかどうかは本人が読める場所で決めます」
ミナは蜂蜜湯を匙一杯だけ作った。テオは入口灯を寝床まで届く角度に変える。ニルは低い釘へ「本人投薬確認」と書かず、「ミトが読んでから」と書いた。
ルカが、厨房代表の行を赤く消さなかった。
消すと、誰が代表にされたのか分からなくなるからだ。青い保留札を重ね、「本人未飲・寝床未帰着」と追記する。
ミトは小瓶を両手で持ち、蜂蜜湯を一口だけなめてから、薬を飲んだ。顔をしかめた。けれど、飲み終わると自分で瓶を低い板に戻した。
「……ミト、飲みました。寝床に戻ります」
その声を聞いてから、ミナが毛布を直す。マラは休憩札の場所から立ち上がりかけたが、僕は首を振った。
「マラさんの休憩も、まだ完了していません。付き添いはニルとテオで足ります」
代表ではなく、名前で動く。
テオが灯りを持ち、ニルが空瓶を持ち、ミトが寝床へ戻る。足が床板を三つ鳴らしたところで、ルカが最後の欄へ小さく書いた。
――本人飲了。寝床帰着。厨房代表欄は未使用。
ミトの息が少しだけ深くなる。マラの前掛けは釘で乾き、薬瓶は低い板で冷えすぎない場所を得た。
夜薬補助便は、瓶が減ったから終わったのではない。
飲んだ子の名が呼ばれ、寝床へ戻る灯りが残り、休む人の休憩札を奪わなかったから、ここまでで一つだけ終わった。
けれど、配送表の端に挟まれた薄い紙が、灯りで透けた。
――厨房代表欄、明朝以降は北塔生活窓口代表へ統合予定。
代表という言葉が、今度は僕たちの窓口へ向いていた。




