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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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夜番配送籠は、運んだ子が灯りへ戻るまで完了ではありません

厨房外の返却口に、夜番用の籠が置かれた。


 蓋の隙間から、冷めかけた麦粥の匂いがする。木皿を二口だけ食べたミトが、まだ低い仮返し台の端に座っていた。その横でニルは、欠け匙を握ったまま籠の札を見ている。


 札はもう裏返っていた。


 ――厨房出発済み。配達完了。


「殿下。これ、まだ誰も受け取ってません」


 ニルの声は小さい。けれど、昨日より逃げなかった。


 籠の持ち手には、細い赤紐が一本残っている。台車につなぐ紐ではなく、運んだ子が帰ってきた時に外す紐だ。前世の監査室にも似た欄があった。発送済み、納品済み、検収済み。きれいな言葉ほど、最後に歩いて帰る人の足を消す。


「出発しただけで完了なら、誰が飲んだか、誰が運んだか、誰が戻ったかが消えます」


 僕がそう言うと、ミナが返却口の奥から小鍋を抱えてきた。鍋の底には、籠に入れられなかった温い粥が半椀だけ残っている。


「この半椀、夜番の子の分です。配達に出す前に食べるはずでした」


 テオが入口灯を一つ外し、厨房外の暗い通路へ向けた。


「北塔までなら灯りは届きます。でも、この先の洗い場角は見えません」


 ルカは低い仮返し台の横に、紙を一枚広げた。大人用の帳面では高すぎるので、木箱をひっくり返してその上に置く。


 配送完了確認。

 一、受け取る人が名前で呼ばれたか。

 二、食べる人の椀が温かいか。

 三、運んだ人が帰り灯まで戻ったか。


 ニルが、赤紐の端を指で押さえた。


「……俺、昨日は戻ったことにされてました。返却口に皿音だけあったから」


「じゃあ今日は、自分で外して」


 僕は入口灯の下へ、小さな釘を打ってもらった。そこに赤紐を掛ける。出発したら外す紐ではない。帰ってきたら、本人の手で外す紐だ。


 ミトが両手で椀を受け取った。熱すぎない麦粥に、少しだけ湯気が戻る。


「ニル。先に二口」


「でも、配達が」


「二口食べた人のほうが、暗い角で倒れません」


 ミナがそう言って、木匙を渡した。


 ニルは恥ずかしそうに一口飲み、もう一口だけ飲んだ。それから籠を持ち上げる。テオが入口灯を半歩前へ出し、ルカが「帰り灯未確認」と青字で書いた。


 札は、まだ完了ではない。


 厨房を出た籠は、北塔の入口まで運ばれた。受け取りのミナが名前を呼び、ミトが椀を抱えてうなずき、ニルは空の籠を持って同じ灯りの下へ戻ってきた。


 自分の手で、赤紐を外す。


「ただいま、って言っていいんですか」


「言ってから完了です」


 ニルが小さく息を吸った。


「ただいま戻りました」


 返却口の完了札は、そこで初めて青い紐に掛け替えられた。


 けれど、厨房奥の配送表には、同じ黒い文字の行が三つ並んでいる。


 北塔経由便、処理済み。

 洗濯水便、処理済み。

 夜薬補助便、処理済み。


 そのどれにも、帰り灯欄はなかった。

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