厨房外の木皿は、皿音だけで帰っていません
王宮厨房の外で、木皿が返却箱の底を叩いた。
乾いた音だった。
その音を聞いた途端、返却口の上に吊られていた小さな札が、ぱたりと裏返る。
――返却済み。
ニルは、その札を見て肩をすくめた。昨日、欠け匙を握って北塔へ来た少年だ。今日は自分の皿ではなく、両腕にもう一枚、小さな木皿を抱えている。
「殿下。この子の皿、音はしました。でも、まだ一口しか食べてません」
ニルの後ろにいた痩せた子が、慌てて首を横に振った。名札はない。袖口に粉がつき、片足だけ台に届かないまま、立って食べていたのだろう。
返却係の男が面倒そうに帳面を閉じた。
「皿が戻ったなら完了だ。厨房外は混む。次の班を入れろ」
「完了していません」
俺は、返却箱の前に膝をついた。
「皿が帰った音と、人が食べ終えたことは、別の欄です」
返却箱の底には、同じ大きさの木皿が三枚重なっていた。どれも濡れた粥が端に残っている。返却済みの赤線は三本。けれど、席札は一枚もない。
「ルカ、欄を増やして」
ルカが小さな板を取り出し、床に置いた。
「本人着席前。本人二口未了。手拭い未到着……でいいですか」
「うん。皿音完了とは分ける」
ミナは温め直し鍋の横に、古い手拭いを掛けた。濡れてはいない。拭いた跡もない。
「手が粥で冷たいままなら、食べたことにできません」
テオは返却口の台へ腕を伸ばし、自分の肘を当てた。台は、彼の肘より高かった。痩せた子なら皿を置くために、つま先立ちになる。
「この高さだと、皿を置く音だけ先に帰る。人は、まだ席へ戻ってない」
返却係が舌打ちした。
「そんな細かい欄を作ったら、昼の列が詰まる」
「列を詰めるために、食べていない子を返却済みにしない」
俺は、北塔生活窓口の青い保留札を一枚、返却箱に結んだ。
「今日からここは、低い仮返し台を置きます。皿を返す前に、本人が座ったか、二口食べたか、手を拭いたかを確認する。皿が先に鳴った時は、未帰着皿です」
「未帰着……皿」
名札のない子が、初めて顔を上げた。
ニルが、自分の欠け匙を胸に押し当てたまま言った。
「名前、書いていいぞ。俺も昨日、書いた」
子どもは迷った末に、ルカの板へ震える字で「ミト」と書いた。
ミナが温め直した粥を小さな椀に戻す。テオが空箱を裏返し、低い台にした。俺はその上に、ミトの木皿を置く。
ミトは腰を下ろした。
一口目は、慌てて飲み込んだ。
二口目で、肩が少し落ちた。
返却箱の赤線は、青い札で覆われたままだ。
「皿だけ帰っても、人がまだなら、完了しません」
ルカがその言葉を欄名にして、低い仮返し台の端に釘で留めた。
その時、厨房奥から黒い配送籠が運び出された。
籠の横には、もう別の札が貼られている。
――厨房出発済み。配達完了扱い。
ニルが、小さく息をのんだ。
「殿下。あれ、夜番の分です。まだ誰も、受け取ってません」
俺は、返却箱の青札を見てから、黒い籠へ目を向けた。
「じゃあ次は、籠が出たことと、人が食べて帰れることを分けよう」




