北塔生活窓口は、写しではなく明日の半椀粥を残します
昼の鐘が鳴るころ、北塔生活窓口の前に回収袋が三つ置かれた。
袋には、きれいな字で「朝開き確認・原本回収」と書かれている。祝灯式準備課の係は、俺の署名が入った紙を指で叩いた。
「写しでは手続きが足りません。原本を戻してください。北塔生活窓口は、朝に開いたことが確認できましたので、以後は標準保管へ移します」
前世の監査室でも聞いた言葉だ。確認できたから片づける。使えたから閉じる。今日動いた場所が、明日も必要だという欄だけが抜けている。
俺は回収袋ではなく、配膳口の小さな鍋を見た。
「ミナ、明日の麦は」
「半椀分だけ残しています」
ミナは鍋の底から、小さな布袋を取り出した。満杯ではない。けれど、空ではない。袋の口には、朝の湯気で少し曲がった札が結んである。
――明日、起きた人用。
「原本を持っていかれると、この札の置き場所も消えます」
ミナの声は小さかったが、鍋を抱える腕は揺れなかった。
テオは入口灯の油皿を磨いていた。夜番の灯りを朝点検に移した皿だ。昼になれば不要だと、係は言うだろう。だが、夕方にはまた、帰る人が見える高さに必要になる。
「油皿も標準保管ですか」
「祝灯式の物品です」
係の返事に、テオは首を振った。
「違います。これは、帰ってくる人が、ここが北塔だと分かる皿です」
ルカは低い席の釘を一本、布で拭いていた。昨日は閉門札を掛け、今朝は起床確認を置いた釘だ。
「この釘は、原本を掛けるためではなく、次に起きた人が読める高さを残すためです」
俺は頷いて、回収袋の横へ新しい紙を置いた。
北塔生活窓口、明日到着条件。
一、半椀粥は鍋底ではなく、起きた人の席に残す。
二、入口灯の油皿は、夜番から夕方帰着へ渡す。
三、昼寝札を戻す釘は、標準保管の箱に入れない。
四、サラとピムの未帰着札は、帰るまで同じ高さで待つ。
「原本を回収したいなら、これを先に読め。今日の確認は、明日の生活を消していいという意味じゃない」
係は紙を持ち上げようとしたが、エリネがその手を止めた。
「生活影響明細が増えました。原本回収は未発令です」
ミナが半椀分の麦袋を低い席の下へ置く。テオが油皿を入口側へ戻す。ルカが釘の下に、小さく書いた。
――明日もここで読む。
俺は昼寝札をその釘へ掛けた。
犯人印を追うより先に、明日の半椀粥を守る。王宮全体はまだ片づかない。けれど、北塔の朝は一回きりの証拠品ではない。
回収袋の底に、七年前と同じ傾きの印がのぞいていた。
標準保管へ移すもの一覧。
その一行目には、北塔生活窓口ではなく「ノエル本人起床確認原本」と書かれていた。




