北塔生活窓口は、起きた人の名前で朝を開けます
朝の鐘は、閉門札より先に鳴った。
低い窓口席の横で目を開けると、入口灯はまだ小さく燃えていた。水杯には薄い布がかけられ、粥椀の底には、夜に食べきれなかった麦粒が二つ残っている。
「殿下、起床確認です」
ルカが差し出した紙には、昨日の閉門札とは違う題が書かれていた。
北塔生活窓口、朝開き確認。
前世の監査室なら、夜の未処理束を翌朝の処理済みに替えるだけで仕事は動いた。けれど、夜を越えた人の名前を書かない朝は、ただの帳簿の色替えだ。
「起きた人の名を書く欄が小さいな」
俺が言うと、ルカは慌てて余白を広げた。
「ノエル本人、起床。自分で読める高さで確認。……これで足りますか」
「まず、それを俺が読む」
低い席の前に座り直す。昨日は眠るための白布だった場所が、今朝は読むための机になっていた。ミナが椀を下げず、新しい粥を半椀だけ足す。
「二杯目ではありません。起きた人用の朝粥です。寝ている間の分を、祝灯式の余りには戻しません」
テオは入口灯の火を指で隠さないように油皿を押さえた。
「夜番さんが交代しました。灯りは、帰着待ちから朝点検へ移します。でも、サラとピムの札は閉じません」
「理由は」
「帰っていないからです」
短い返事だった。けれど、昨日の震えは少ない。
廊下の向こうから、祝灯式準備課の係が新しい札を持ってくる。
「夜間閉鎖済み分、朝引き渡し済みとして回収する。北塔生活窓口は、準備課保管へ戻す」
朝という言葉は、また便利に使われていた。
俺は札を受け取り、粥椀の横へ置く。
「朝引き渡し済み、か。誰の朝を、どこへ引き渡した?」
係は答えられない。
俺は起床確認の余白へ、自分の名前を書いた。
ノエル。起きた。粥を半椀食べる。低い席で読む。入口灯は朝点検へ。帰っていない札は、帰っていないまま。
字は少し曲がった。七歳の手だから仕方ない。だが、俺の字だ。
エリネがその下に青い線を引く。
「朝開き確認は、本人の字が入って初めて朝です。準備課へ渡せるのは、閉じた窓口ではなく、開いている窓口の写しだけです」
ミナが粥を一匙、俺の前へ戻した。テオは灯りの皿に小さく朝点検札を結ぶ。ルカはサラとピムの札の横へ、同じ高さで空白札を置いた。
「起きて読める人が来るまで、空けておきます」
係の持つ回収袋は、昨日の搬出箱より小さい。けれど、小さい袋でも、名前のない朝なら飲み込める。
俺は粥を食べ、もう一度自分の署名を見た。
処理済みではない。
閉鎖済みでもない。
北塔生活窓口は、起きた人の名前で朝を開けた。
そのとき、回収札の裏に薄く押された印が見えた。
――夜間閉鎖済み写し、朝引き渡し標準表。
七年前の保護者確認印箱と同じ角度で、少しだけ傾いていた。




