西保管棟の本人処理済み付属物は、第八王子の昼寝場所を箱にできません
西保管棟は、北塔より暖かいはずだった。
石壁の内側に薪台があり、窓には厚い布が掛けられている。けれど扉を開けた瞬間、ノエルは肩をすくめた。
暖かいのに、眠れる匂いがしない。
乾いた藁と封蝋と、誰かの名前を剥がした木箱の匂いだけがした。
「第八王子本人処理済み付属物一式。北塔生活窓口への返還不要」
箱の正面に、黒い札が貼られていた。整理係は、鍵束を胸の前で鳴らす。
「殿下の物は、教育区画で一括整理済みです。北塔にはもう窓口がありますから、余計な机や札は置けません」
「余計かどうかは、誰が眠るかで決める」
ノエルは箱の蓋に手を置いた。七歳の手には大きすぎる箱だ。けれど、札の字は前世の監査机で見飽きたものと同じだった。
本人処理済み。
それは、本人が読んだという意味ではない。上の誰かが、本人を読まなくてよいことにしたという意味だ。
「ルカ。三列で読む」
棚番係のルカが、急いで帳面を開く。ミナは朝粥椀の控え札を胸に抱き、テオは入口灯を片手で守った。エリネは扉の幅と鍵束の数を、黙って数えている。
「物品名、小机一脚。昼寝札一枚。朝粥椀番号控え。入口灯控え。旧保護者確認印箱」
ルカの声が、倉庫の棚に跳ねた。
「処理済み理由。教育区画移管済み。本人保護完了。付属物整理。……生活到着条件、空欄です」
整理係が眉を上げる。
「生活到着条件など、付属物台帳にはありません」
「だから処理済みにできない」
ノエルは小机の脚を一本、箱の隙間から引き出した。古い傷があった。北塔の床で、椅子が傾かないように布を挟んでいた跡だ。
ただの脚ではない。
眠い子どもが、肘を置いて字を読む高さ。
朝粥を食べ終えたあと、青い保留札を書く場所。
誰かの命令を読む前に、自分のまぶたが落ちることを許すための、低い机の一部。
「この脚は、教育区画の箱に着いたら終わりじゃない。北塔の端に戻って、僕が昼寝札を読める高さになって、初めて到着だ」
ミナが、朝粥椀番号控えを箱から抜いた。
「じゃあ、椀番号も戻します。殿下が起きたあと、ここで食べたって書く分です」
「勝手に触るな」
整理係の手が伸びる前に、テオが入口灯控えを掲げた。
「灯りも。殿下が『ただいま』って言うまで、消したことにしない」
その声は小さかったが、倉庫の奥まで届いた。
ルカが帳面の余白に、震える字で書き足す。
「本人到着先未設定のため、処理不可。北塔生活窓口へ仮返還」
エリネが鍵束を見て、静かに言った。
「この扉幅なら、机ごとは出せません。でも脚一本と椀控えと入口灯控えは、いま返せます。残りを動かすなら、生活影響明細が必要です」
全部を取り返せないことに、胸の奥が少し痛んだ。
けれど、ノエルは知っている。監査で一番大事なのは、全部を一度に直すことではない。閉じられた行を一つ、未完了として残すことだ。
「西保管棟整理係。今からこの箱は、処分箱じゃない。本人到着先未設定箱だ。僕の小机が北塔に戻って、昼寝札を僕が読んで、朝粥椀が空になるまで閉じない」
ミナが小机の脚を抱えた。テオが入口灯控えを布で包む。ルカは青い保留札を箱の黒札の上に重ねた。
黒い字の上に、青い字が乗る。
第八王子本人処理済み付属物一式。
その下に、ルカの字でこう続いた。
本人未到着。返還途中。
ノエルは、少しだけ眠くなった。
北塔の端に、小机の脚一本ぶんの場所が戻る。たったそれだけで、今日の昼寝は、箱の中ではなく自分の名前のそばに置ける。
そのとき、箱の底で薄い札がずれた。
エリネが拾い上げ、表情を変える。
「殿下。『祝灯式準備課・付属物再配分予定』。昼寝札だけではありません。サラ、ピム、空白の子の保護教材札も、同じ便で束ねられています」
ノエルは小机の脚を見た。
自分の居場所を箱から出したら、次は、眠る子の机まで祝灯式の台にされようとしている。
「じゃあ、この脚を北塔に置いたら読む」
まず、戻る場所を作る。
その場所でなければ、次の札を読んではいけない。




