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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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夜間帰着済みの灰印は、ただいまの声を聞いていません

北塔生活窓口の入口灯は、昼のままでは眠れなかった。


夕食の赤線を青い保留へ替えたあと、ミナが番号のない匙を白布の端に置き、まだ戻っていない一人ぶんの椀を空けていた。そこへ、灰色の小箱を抱えた夜番見習いが、息を切らして駆け込んできた。


「ノエル様。外門の灰置き場に、これが落ちていました。『夜間帰着済み』の灰印です。……押された時刻は、夕食前です」


木箱の中には、黒灰を混ぜた印泥と、乾きかけた押し跡のある小札が三枚あった。札の表には、サラ、ピム、読めるまで待つ子の番号。そして裏には、短く同じ語が並んでいる。


夜間帰着済み。


エリネが窓を閉めかけた手を止めた。


「帰っていない子を、夜に帰ったことにする印ですか」


「違う」俺は首を振った。「これは、帰ってきたかどうかの印じゃない。帰ってきた後に何を確認したかを省く印だ」


ルカが配属課の古い写しと、今日の入口灯台帳を横に並べる。入口灯台帳には、三つの欄が残っていた。


一、本人が入口で名を言ったか。

二、今日の椀と水を受け取ったか。

三、眠る場所を自分で選べたか。


灰印は、その三つをまとめて黒くつぶす形をしていた。


「帰着済み、と書けば、ただいまの声も、椀も、寝床も、聞かずに済むんですね」


ミナが白布の匙を少し奥へ押した。空けてある椀の前へ、テオが小さな入口灯を置く。


「じゃあ、帰っていない子の分は、消しません。灯りは残します」


外では、祝灯式の準備係が北塔前の石段を急いでいた。灰印を押せば、未帰着の子の夜番確認は終わり、入口灯の油は式典側へ戻入できる。戻入済みの油皿は、飾り灯ならよく燃える。けれど、帰り道の足元は照らさない。


俺は灰印を拭き取らなかった。


「灰印は証拠として封じる。今日の手順は、別に貼る」


青い札へ、俺は三行だけ書いた。


夜間帰着は、本人のただいま、椀の受領、寝床の選択を聞くまで未完了。


ミナは番号のない匙を、その札の下に置いた。ルカは三人分の欄を空けたまま、空欄の横に自分の字で「灰印で閉じない」と追記する。テオは入口灯の油皿を式典箱へ戻さず、北塔の戸口に掛けた。


そのとき、石段の下から、小さな声がした。


「……ただいま、って、ここで言っていいの?」


エリネが誰より先に扉を開けた。


煤で汚れた袖の子が、灯りの下で自分の名前を言った。ミナは椀を差し出し、テオは水を注ぎ、ルカは寝床欄へ「本人確認中」とだけ書く。誰も、帰着済みにしなかった。


俺はようやく、青札の端に小さく時刻を足した。


帰ってきた時刻ではない。


帰ってきた人の声を、初めて聞いた時刻だ。


灰印の箱の底には、もう一枚、別の札が貼りついていた。


――北塔生活窓口、夜間確認機能を祝灯式準備課へ移管済み。


眠る前の北塔から、今度は窓口そのものを持っていくつもりらしい。

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