月末一括整理予定札は、水筒の置き場所を処分袋にできません
北塔生活窓口の朝は、棚を拭く音から始まる。
ミナが小さな布で水筒の口をぬぐい、椀番号の木札を一枚ずつ立て直した。テオは入口灯札の紐をほどき、昨日の煤を指で落としている。ルカは黒札三番の横に置いた配属原簿写しを、まだ閉じない向きにそろえた。
ただ、一枚だけ、横に置く物がない札があった。
『月末一括整理予定』
赤い小さな字。名前も読めない。水筒もない。椀番号もない。帰着先もない。
ミナが空の椀に手を伸ばし、途中で止めた。
「置いたら、帰ってきたみたいになります」
「そうだ」
俺はうなずいた。
空椀は優しい嘘になる。棚の上が寂しくなくなる代わりに、誰も飲んでいない水を飲んだことにしてしまう。
そのとき、北塔の入口に乾いた紙の音がした。
配属課ではなく、月末整理係だった。腕には大きな灰色の処分袋。袋の口はすでに開いていて、内側に古い札の角が何枚もこすれた跡があった。
「未完了在庫棚の整理に参りました。中身のない欠番札は、月末一括整理で処分袋へ移します」
整理係は、赤字の札へ手を伸ばした。
袋の縁が、札の端に触れる。
ミナが息をのんだ。テオは入口灯札を胸に抱き、ルカの筆先が止まる。エリネだけが一歩前に出て、処分袋を受け取らなかった。
「殿下」
「読む」
俺は赤字の札を見る。
前世の監査室なら、欠番は嫌われた。番号が飛んでいる。物がない。責任者がいない。だから月末にまとめて消す。そうすれば台帳はきれいになる。
だが、きれいな台帳で腹はふくれない。
「欠番は、なしではない」
整理係の眉が動いた。
「では、何ですか」
「生活物未到着だ。水筒がまだ来ていない。椀番号がまだ本人の前に置かれていない。入口灯の下で、読めるところまで名前を呼ばれていない。帰る場所を本人が読める朝が、まだ来ていない」
長く言うと七歳の喉が少し疲れた。
けれど、ミナはすぐに動いた。
空椀ではなく、白い小さな布を持ってくる。いつも椀を拭く布より薄く、まだ何も染みていない布だった。ミナはそれを赤字札の横に敷いた。
「これは、椀ではありません。戻ってくる物の場所です」
テオが入口灯札を一本選んだ。名前は書かない。呼び間違えないよう、紐だけを青く結び直す。
「読めるまで待つ灯りです。呼ぶ名前がまだないから、消しません」
ルカは札の下へ小さく書いた。
『生活物未到着。処分ではなく到着待ち』
エリネが棚の青糸をほどき、赤字札の角へ結び直した。処分袋の灰色の口から、札が一寸だけ離れる。
「月末でも閉じません」
棚の上には、水筒がある。椀番号がある。入口灯札がある。ノエルの昼寝場所を示す配属原簿写しもある。
そして、何も置かれていない白い布が一枚ある。
何もないのではない。
何もないことを、勝手に片づけないための場所だ。
整理係は処分袋を抱え直した。袋の底で、薄い紙が一枚ずれ落ちる。
ルカが拾い、読み上げる。
「欠番分半日賃金、月末一括戻入……?」
白い布の隣で、入口灯札の青い紐が小さく揺れた。




