未完了在庫棚は、第八王子の昼寝場所も閉じません
白塗りの迎え車は、昼鐘の前に門の外へ下げられた。
帰る名前を持たない子を乗せられない。そう書いた青い札を車輪に結ぶと、御者は何も言わず、儀礼局の小役人だけが唇を噛んでいた。
けれど黒い札束は、まだ北塔生活窓口の机の上にある。
ルカが一枚ずつ端をそろえた。ミナは棚板を拭き、テオはリオ……と読める札の横に、小さな水筒を曲がらないよう置いた。エリネは鍵を掛けない。青い糸で棚の扉を半分だけ開いたまま固定する。
「閉めない棚です」
エリネが言った。
「閉めないのに棚なのか」
「閉めるためではなく、消さないための棚です」
前世の監査室なら、未完了在庫は嫌われた。月末に残れば叱られる。数字はきれいに閉じろ。処理済みにしろ。倉庫の棚を空にしろ。
だが空にした棚の分だけ、誰かが帰っていないこともある。
ルカが震えない声で読み上げた。
「黒札三番。リオ……。輸送済み。帰着先、未記載。水筒、本人確認前」
「未記載は、なしではない」
俺が言うと、ルカはうなずき、札の右下に小さく書いた。
『帰着先未読』
そこへ配属課の使いが来た。灰色の封筒を抱え、北塔生活窓口の入口で足を止める。
「その棚は教育区画へ戻してください。第八王子殿下の配属原簿写しと同列保管と確認されました。王子関係書類は北塔で保管できません」
同列保管。
きれいな言葉だ。棚を同じにすれば、人も同じにできる。リオという欠けた名も、第八王子ノエルという処理済みの名も、教育区画の箱へ戻して月末に閉じられる。
俺は封筒を受け取らなかった。
「読め」
使いは困った顔をした。
「配属済みです。殿下は北塔へ――」
「配属済みの中身を読め。俺の昼寝場所はどこだ。朝粥を食べた確認はあるか。入口灯は点いているか。毛布は本人に届いたか」
使いは答えられない。
エリネが静かに、俺の前へ木札を置いた。昨日、俺が自分で書いた札だ。
『第八王子ノエル、北塔で一刻眠った。朝粥を食べた。入口灯を見て戻った』
ミナがその横に、洗った椀番号を置く。テオは入口灯の小札を持ってきた。ルカは配属原簿写しの余白に、俺を見る。
「殿下。書いてもいいですか」
「俺を処理済みにする字でなければな」
ルカは息を吸い、ゆっくり書いた。
『第八王子配属原簿写し。配属済みではなく、生活帰着確認中。昼寝場所、北塔生活窓口。本人読了、朝粥後』
紙の上で、俺の名前が少しだけ戻った。
王子として偉くなったわけではない。儀礼魔力が増えたわけでもない。けれど、俺の昼寝場所が、誰かの箱の中の処理済みではなく、この棚の上の椀と灯りと毛布に結び直された。
「同じ棚に置け」
俺は言った。
エリネが黒札三番の隣に、俺の配属原簿写しを置いた。
リオ……の水筒。ノエルの椀番号。帰着先未読。生活帰着確認中。
並べると、片方だけが昔の話ではなくなった。帰れなかった子の名は、帰る場所を作り直している子の隣で、まだ閉じない札になった。
配属課の使いが声を荒げる。
「月末整理で未完了棚は空にする決まりです。欠番札は、処分――」
ミナの手が止まった。
テオが入口灯札を胸に抱く。
ルカの筆先が、黒札三番の上で震える。
俺は棚の扉を、青い糸のところで止めた。
「月末整理の前に、朝を作る」
七歳の体は昼寝を欲しがっている。だが眠る場所があるから、起きたあとに読める。
「この棚は空にしない。帰る名前と、帰る場所と、本人が読める朝がそろうまでだ」
エリネが青い糸に、もう一本、細い結び目を足した。
棚の奥で、別の欠番札が一枚、音もなくずれた。そこには水筒も名札もない。ただ、赤い小さな字でこう書かれていた。
『月末一括整理予定』




