黒い輸送済み札は、帰らなかった子を完了にしません
白塗りの迎え車は、まだ北塔生活窓口の前に止まっていた。
ピムの椀には布が掛けてある。テオは迎え担当補助の札を握り、ルカは座席の下から引き出した黒い札束を、板の上へ一枚ずつ置いた。
「第一孤児院閉鎖日、七年前の冬至前日。輸送済み、教育区画経由、祝灯式補助人員」
ルカの声が途中で細くなる。
黒い札は古いのに、端だけ妙にきれいだった。何度も束ね直された紙の角だ。誰かが昔の完了を、今の手順へ持ち出している。
儀礼局の小役人が手を伸ばした。
「それは過年度分です。現在の輸送確認とは関係ありません。完了済みの札を混ぜると、式場の人数が――」
「完了済みなら、帰着名簿を出せ」
俺が言うと、小役人の指が止まった。
前世の監査室で、完了という言葉ほど便利な蓋はなかった。納品済み、返却済み、処理済み。けれど蓋の下に、受け取った人の名と戻った場所がなければ、それは完了ではなく、誰かが見るのをやめたというだけだ。
エリネが黒札の束を閉じさせず、青い糸で板へ仮留めする。
「帰着名簿未添付。過年度分でも、生活到着条件が読めるまで閉じません」
「昔の子を今さらどうするのです」
小役人の声は正論の形をしていた。
その時、ミナが車内の足元から小さな水筒を拾い上げた。革紐は切れかけ、飲み口に薄く名前が削れている。
「……リオ、まで読めます。中身は空です。でも、捨てられていません」
テオが胸の入口札を握ったまま、水筒を見た。
「帰ってきていないなら、名前を書いちゃだめですよね」
「そうだ。勝手に埋めない」
俺は新しい欄を作った。
『黒札番号』
『本人名。読める範囲』
『戻る場所。未記載なら未帰着』
『確認者。いなければ閉じない』
ルカが震える手で一枚目を書き写す。
『黒札三番。リオ……。第一孤児院閉鎖日。帰着先なし』
最後の「なし」を、ルカはすぐ線で消した。
『帰着先未記載』
たった二文字違うだけで、紙の中の子は、どこにもいないものから、まだ帰る場所を探す名前へ戻った。
ミナは空の椀を出さなかった。かわりに、北塔生活窓口の棚の一番下を拭き、小さな布を一枚敷く。
「食べさせられない子の椀を置くのは、嘘になります。でも、水筒を戻るまで預かる棚なら作れます」
テオがその横に、小さな札を置いた。
『勝手に呼ばない。読めるところまで、リオ』
読者に見せられる大きな救出はない。七年前の子は、いま扉を開けて帰ってこない。ピムのように水を飲む声もない。
それでも、黒い輸送済み札は、完了束ではなくなった。
俺は板に新しい規則を書く。
『輸送済みは帰着済みではない。本人名、戻る場所、確認者がない子は、帰らなかった子の未完了在庫として残す』
小役人が唇を噛む。
「未完了在庫などという分類は、儀礼局の帳簿にはありません」
「北塔生活窓口にはある」
エリネが静かに言い、黒札束の表紙へ青い保留印を押した。
その裏に、もう一つの紙が貼りついていた。剥がれかけた古い控え。文字は薄いが、棚番号だけは読める。
『未完了在庫棚 第八王子配属原簿写しと同列保管』
俺の昼寝場所を材料にした原簿と、帰らなかった子の黒札が、同じ棚列にいた。
ピムが椀の布の下から、小さく言った。
「リオ、帰るとこ、探す?」
「探す。けれど今日は、消さないところまでだ」
七年前の朝は戻らない。
でも、完了済みという黒い蓋だけは、今日ここで開けたままにできる。




