第一孤児院の古い印角度は、眠った子の確認を閉鎖済みにできません
北塔生活窓口で、俺は朝粥を食べ終えた。
昨日の夜、黒い保護者確認印箱を開けなかったのは正解だった。七歳の体は、眠って、食べて、水を飲んでからでなければ、文字を文字として読めない。前世の監査室では、徹夜明けの承認印ほど危ないものはなかった。
「殿下。今なら読めますか」
エリネが聞く。問い方がいい。読め、と命じない。
「朝粥一杯、水一杯、睡眠一刻。監査条件は最低限そろった」
俺は木匙を置き、青い札を自分で一枚めくった。
『第八王子ノエル、朝食後に読む』
その横に、ルカが昨夜写した箱外札がある。
『保護者確認印箱。北塔・孤児院・教育区画用。同型確認。後日一括補完可』
問題は最後の四文字ではない。端に押された古い印の角度だった。ルカが第一孤児院閉鎖台帳の写しを、震えない手で並べる。
「殿下。ほら、ここです。同じ印ですが、押された角度が少しずれています」
「角度だけなら、癖だな」
「はい。でも時刻欄も同じずれ方をしています。第一孤児院では、夜半の閉鎖確認。北塔の箱札では、後日一括補完。どちらも、子どもが眠っている時間を読んだことにしています」
帳票だけなら、そこで犯人探しに進める。誰が押したか。どの部署が許可したか。セヴランの名を追えば、線は伸びる。
けれど、テオが三つの椀の前に立った。
「眠っている時に読んだことにされたら、起きた時に違うって言えません」
その一言で、紙の角度が生活の向きに戻った。
ミナが、三つの椀の横へ小さな水杯を置く。サラ。ピム。まだ名前を読めるまで待つ札の子。椀は空ではない。帰ってきたら温め直すため、薄い布がかけられていた。
「この子たちも、眠って帰ってきたら、まず食べて水を飲みます。読めるかどうかは、その後です」
「なら、閉鎖済みではない」
俺は第一孤児院台帳の写しに線を引いた。
『夜半閉鎖確認済』
きれいな言葉だ。だが夜半に眠っている子どもへ確認を読ませるなら、それは確認ではない。寝顔を材料にしただけだ。
「ルカ。角度の説明は短くていい。誰の生活が閉じられたかを書け」
ルカはうなずき、青い札を三枚取った。
『サラ。睡眠後、朝食後、本人帰着後に読む。夜半閉鎖不可』
『ピム。睡眠後、朝食後、本人帰着後に読む。夜半閉鎖不可』
『読めるまで待つ札の子。本人名確認まで、閉鎖済みにしない』
字はまだ細い。けれど、昨日までの棚番係の字ではなかった。角度の違いを見つけた者の字ではなく、誰の朝が紙から消えるかを知った者の字だった。
教育区画の使いが顔をしかめた。
「しかし、同型確認は保護のためです。眠っている児童を起こさず、上位印でまとめて――」
「起こさないことと、読んだことにすることは違う」
エリネが先に答えた。静かな声だが、窓口の入口灯が揺れるほど強かった。
「眠っている子は、眠っていると書きます。読んだとは書きません。朝食前の子は、朝食前と書きます。保護者確認済とは書きません」
テオが入口札を持ち上げた。
「帰ってきたら、俺が呼びます。その時に、読めるか聞きます」
「聞けなければ」
「待ちます」
短い答えだった。
俺は黒い箱を開けなかった。今日はまだ、箱の中の上位印へ勝つ話ではない。箱の外側が、眠った子どもの時間をどう盗んだかを止める話だ。
北塔生活窓口の板に、新しい規則が貼られた。
『眠っている本人の確認は、閉鎖ではなく睡眠中として保留。朝食後、本人が読める時刻まで、保護者確認済にしない』
小さな規則だ。王宮全体を動かすには足りない。だが、三つの椀と三枚の毛布札と入口灯の下では、十分な法律に見えた。
使いが紙を抱え直す。
「その扱いでは、第一孤児院閉鎖台帳の完了分も未完了になります」
「生活で完了していないものは、監査でも完了していない」
俺は眠くない声で言えた。それだけで、昨日の夜より少し強い。
ルカが第一孤児院の写しをさらに一枚めくった。
「殿下。夜半閉鎖確認済の次の頁に、配布先があります」
「毛布か、椀か」
「違います」
ルカの指が、古い印の横で止まった。
「第二孤児院、教育区画、祝灯式準備費。三つとも同じ印角度です。閉鎖済みの子どもを、眠ったまま別の準備へ回しています」
北塔の入口灯が、朝なのに小さく鳴った。
俺は三つの椀を見た。まだ帰っていない名前の席は、閉じていない。
「じゃあ次は、眠ったまま準備に回された子の朝を、ひとつずつ戻す」




