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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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保護者確認印箱は、眠る前の子どもを後日まとめ押しにできません

北塔生活窓口の札は、夕方の光で少しだけ青く見えた。


 朝粥の椀は洗われ、三つの小さな席に戻っている。サラ。ピム。まだ名前を読めない空白。そこへ新しく、俺の木匙も並んでいた。


『第八王子ノエル、朝粥を食べた』


 ルカの字だ。

 棚番係だった少年は、もうただ写すだけではなかった。俺が腹を満たしたことまで、生活到着の一部として書くようになっている。


 その隣に、黒い箱が置かれていた。

 保護者確認印箱。


 箱は開いていない。青い紐で未開封保留の札が結ばれている。

 前世の監査官としては、こういう箱ほどすぐ開けたい。中に誰の印があり、どの部署が押し、どの帳簿へ流れたのか。線を追えば、不正の形は見える。


 けれど、七歳の体はまぶたが重かった。


「殿下」


 エリネが俺の前に立った。

 印箱を隠すようにではない。俺の手が伸びる前に、毛布を差し出すように。


「今は、読むお時間ではありません」

「監査は早い方がいい」

「眠い子どもに読ませる確認は、確認ではありません」


 言い返そうとして、あくびが出た。

 王子としても、監査官としても失態だ。だがミナは笑わず、湯冷ましの杯を机に置いた。


「朝粥は食べました。水も飲みました。あとは、眠る場所の確認です」


 そこへ、教育区画の使いが来た。

 白い紙を胸の前に掲げ、まっすぐに言う。


「保護者確認は未成年本人の読了を待たず、上位印で後日まとめ押しにできます。北塔窓口での保留は手続き遅延です」


 その言葉で、テオが三つの椀の前から振り向いた。


「後日って、いつ寝るんですか」


 使いは眉をひそめる。


「睡眠の話ではありません。確認印の話です」

「でも、ノエル殿下が眠る前に読むなら、眠る話です」


 テオは自分の胸にかけた入口札を握った。

 サラやピムを呼ぶ時と同じ顔だった。守られる側の子が、今度は俺を見ている。


「帰ってきた子が眠い時に、すぐ印を読ませないでください。名前も、朝になってから呼べます」


 ルカが黒い箱に手を伸ばした。

 俺は一瞬、開けるのかと思った。だが彼は鍵穴ではなく、箱の外側に貼られた古い移動札だけを読んだ。


「中は開けません。外札だけなら、生活窓口で読めます」


 彼は細い声で読み上げた。


『保護者確認印箱。北塔・孤児院・教育区画用。同型確認。後日一括補完可』


 同型確認。

 その四文字が、夕方の窓口を少し冷やした。


 北塔だけではない。サラとピムと、まだ名前を読めない空白。その子たちの「保護者確認済」も、同じ形で後から押せることにされている。


 使いが早口で言った。


「同型であれば、処理は簡略化できます」

「簡略化する前に、生活影響を書きます」


 俺は眠い目をこすり、青い札を三枚出した。


 一枚目。


『睡眠。本人が眠る前に読ませたか』


 二枚目。


『朝食。本人が食べる前に承認させたか』


 三枚目。


『帰る場所。灯り・毛布・席を確認せず押したか』


 字が少し曲がった。七歳の手は眠いと正直だ。

 それを見たエリネが、俺の手から筆を取らなかった。代わりに、札の下へ自分の字で追記した。


『第八王子ノエルは、今夜これ以上読まない。本人睡眠後、朝食後、生活到着確認後に読む』


 ミナが杯を俺の手に持たせる。

 テオが三つの椀の前へ、小さな毛布の切れ端を置いた。


「サラも、ピムも、読めるまで待つ子も、帰ってきて眠い時は、朝になってから読めます」


 ルカは外札の写しに青い線を引いた。


『後日一括補完可』


 その横に、震えながら新しい言葉を書く。


『生活影響明細未添付のため、今夜は不可』


 大きな勝利ではない。

 箱は開いていない。上位印の名も、セヴラン代理印の奥にいる誰かも、まだ見えていない。


 けれど、黒い箱は俺の眠気を越えてこられなくなった。

 北塔生活窓口では、子どもが眠る前に押す印より、子どもを眠らせる毛布の方が先に来る。


「殿下。寝台へ」


 エリネに促され、俺は毛布にくるまった。

 前世なら、眠ることは仕事に負けた証拠だった。だが今夜は違う。

 眠ることそのものが、帳簿を止める手続きになった。


 灯りが少し落とされる。

 まぶたが沈む直前、ルカの小さな声が聞こえた。


「エリネさん。この外札、端の印だけ古いです。第一孤児院の閉鎖台帳にあった印と、角度が同じです」


 エリネは俺を起こさない声で答えた。


「明日の朝、殿下が食べてから読みましょう」


 黒い箱は、夜の机に残った。

 けれど今夜、それは誰の眠りもまとめ押しできなかった。

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