朝粥椀は、仮保管棚では温まりません
北塔の入口灯は、夜のあいだ小さく点いていた。
七歳の体は正直で、俺は毛布を肩に掛けたまま、椅子で少し眠ってしまったらしい。目を開けると、前世の監査室の蛍光灯ではなく、古い石壁に朝の薄い光が落ちていた。
「殿下。眠れましたか」
エリネが声を落として聞く。
俺は王子らしく答えようとして、腹が鳴った。
「……監査上、朝飯は必要経費だ」
「では、必要経費を取り戻しましょう」
北塔生活到着仮窓口の机には、夜のうちに戻った三つの物が並んでいる。入口灯。テオの入口札。毛布。
けれど、朝粥椀の札だけは、まだ教育区画仮保管棚の写しの中にあった。
『衛生確認待ち。後日まとめ押印可』
きれいな字だ。
だが、粥は後日温められない。
ミナが小鍋を抱えて立っていた。中には、昨日の麦と豆を煮直した粥が三杯分だけある。サラ、ピム、まだ名前を読めない空白。その三席のぶんを捨てずに温め直すため、彼女は朝から火鉢の前に座っていた。
「椀がなければ、渡せません。木皿で出せば、教育区画の確認と違うと言われます」
「椀は器じゃないな」
俺は机に置いた写しを指でたたいた。
「誰の朝を、どの温度で、どこへ戻すかの到着札だ。仮保管棚に置いたままでは、衛生ではなく空腹が確認される」
そこへ、教育係が二人、箱を持って来た。
箱の中には朝粥椀が三つ、白布に包まれている。もう一つ、小さな黒い箱があった。保護者確認印箱だ。
「朝粥椀は衛生確認後にお渡しします。保護者確認印箱は、上位印でまとめて受領済みにできます」
ルカが一歩下がりかけた。
昨夜、自分の手で灯りを運んだ少年だ。けれど、印箱という言葉は、彼の肩をまだ固くする。
「ルカ」
俺は声をかけた。
「椀を棚から出す理由を書くな。誰の朝へ届くかを書け」
ルカは息を吸った。
そして、箱の前に膝をつき、震える字で札を書いた。
『サラの朝粥椀。帰着時に温め直して渡す』
『ピムの朝粥椀。帰着時に温め直して渡す』
『読めるまで待つ札の子の朝粥椀。本人名確認まで捨てない』
テオが、三枚の札を声に出して読んだ。
読めない空白のところで、彼は一度だけ詰まった。それでも、見本とは呼ばなかった。
「この子の椀も、棚じゃなくて、ここで待ちます」
ミナが火鉢の上に鍋を戻す。湯気が細く立った。
その湯気を見た瞬間、北塔が倉庫ではなく、朝になる場所になった。
昨日の夜まで、ここに戻るものは証拠ばかりだった。灯りも、毛布も、名札も、誰かが悪いことをした印として机に置かれていた。
けれど、湯気は違う。
湯気は、誰かを責めるために立つのではない。冷えた腹を、もう一度今日へ戻すために立つ。
教育係は黒い印箱を机に置く。
「では、保護者確認欄は後日、上位印で補完します。殿下は未成年ですので」
「後日まとめ押しでは、昨日の夜に眠れたかは読めない」
俺は印箱を開けなかった。
開ければ、犯人の印や部署名を見つけたくなる。前世の監査官としては、すぐに追いたい。
だが、七歳の俺の胃袋は、もっと正しい順番を知っている。
「保護者確認印箱は未開封保留。先に朝粥椀三つを北塔到着。確認者、ミナ。呼ぶ人、テオ。運んだ人、ルカ。眠った本人、ノエル」
エリネが一瞬だけ笑った。
「殿下も、ご自分で書きますか」
「書く。監査対象が自分の昼寝を隠すのは不正だ」
俺は小さな字で、青い札に書いた。
『第八王子ノエル、北塔で一刻眠った。朝粥を食べてから次の印箱を見る』
それを読んだミナが、木匙を差し出す。
熱すぎない粥だった。豆は少し硬い。麦は昨日より甘い。
王宮の豪華な菓子より、体が先に受け取った。
「おいしい」
七歳の声で言うと、テオが入口札の下に新しい札を吊るした。
『帰ってきたら、朝粥を温め直す』
サラも、ピムも、まだ読めない子も、今はいない。
それでも椀は、捨てられる余りではなく、戻ってくる朝の席になった。
教育係が黒い印箱をちらりと見た。
「しかし、その箱の奥には、セヴラン代理印とは別の上位印が――」
「昼寝と朝飯の後だ」
俺は木匙を置き、青い紐で印箱に未開封保留の札を結ぶ。
「空腹の子どもに読ませる印は、たいてい間違っている。北塔生活仮窓口は、今日から北塔生活窓口に改名する。ここでは、灯りが帰り、毛布で眠り、朝粥を食べてから、印を読む」
湯気の向こうで、エリネが窓口札を書き換えた。
北塔は、処理済みの倉庫ではなくなった。
夜に帰って、朝に起きられる場所になった。




