保護教材移管原票は、帰っていない子の名前を授業材料にできません
北塔生活到着仮窓口に、朝粥の匂いが残っているうちに、教育区画から木箱が届いた。
木箱の横には、きれいな札が結ばれている。
『保護教材用 未帰着名札見本 一式』
ノエルは椀を持ったまま、その札を見上げた。
「朝粥が冷める前に、人の名前を見本にするのは忙しいな」
七歳の皮肉は軽かったが、エリネの手はすでに箱を押さえていた。ミナは小鍋を机の端へ寄せ、ルイは入口灯の控えを胸に抱く。ロイは昼寝毛布の上から赤札が落ちないよう、青い紐をもう一本通した。
箱を運んできた教育区画の下役は、困った顔で言った。
「授業で、迷子になった児童の記録方法を教えるそうです。サラ様とピム様の名札は、保護教材移管原票に――」
「帰っていない子を、帰っていないまま教えるな」
テオの声だった。
入口灯の下に立つ少年は、両手でサラの名札を握っていた。昨日までなら、彼はそれを大人の机へ差し出したかもしれない。けれど今日は、青い仕切りの前から一歩も動かなかった。
「呼ぶなら、帰ってきた時に呼んでください。見本にするためじゃなくて」
ノエルは椀を置いた。
「その通り。未帰着名札は発音練習の札じゃない。帰る席を空けておくための札だ」
王宮配属課の棚番係ルカが、灰色の帳簿を抱えて駆け込んできた。昨夜、自分の字で『生活影響明細なし』と書いた若い書記だ。息が切れている。
「殿下。原票を確認しました。承認者欄は、やはり空白です。ただ、教材準備欄だけに『済』が押されています」
「承認者が空白なのに、授業だけ済むのか」
「……棚では、済んだ扱いにできます」
ルカはそこで顔を上げた。
「けれど、生活では済んでいません」
その一言で、エリネの目が少し柔らかくなった。責められた書記ではなく、棚の奥を見に戻ってきた者の声だった。
ノエルは北塔仮窓口の机に、三つの小さな席を作った。
一つ、朝粥の椀札。
一つ、入口灯の呼名札。
一つ、帰ってきた時に座る木椅子の札。
椅子は二脚しかなかったので、ロイが薪箱をひっくり返して三つ目の席にした。粗末な席だ。だが、教材箱の中で平たくされるより、ずっと人が戻れる形をしている。
「サラ、ピム、それからまだ名が読めない空白。三席、未帰着として残す」
ノエルは原票の写しへ線を引いた。
『保護教材移管原票 承認者欄未記入』
『教材準備済』
同じ紙に並ぶ二つの言葉は、まるで別々の朝を見ているようだった。片方は、誰も承認していない。もう片方は、もう授業で使える顔をしている。
「ルカ。棚番係として聞く。承認者欄が空白のまま、誰の生活が動く」
ルカは机の三席を見た。朝粥、入口灯、木椅子。紙の上では小さすぎるものばかりだ。
「サラ様とピム様の名札が、未帰着側から教材箱へ移ります。呼名控えが、帰着確認ではなく読み上げ練習へ移ります。入口灯の順番が、本人を待つ順番でなく、授業で並べる順番になります」
「なら、それを書け」
ノエルは青い細帯を渡した。
ルカは迷わなかった。
『承認者欄未記入。未帰着名札を教材へ移すと、朝粥・入口灯・呼名確認の生活到着条件が失われる。棚番係ルカ確認』
下役が青ざめた。
「それでは授業準備が止まります」
「止まるのは授業ではない」
ノエルは眠そうに、しかしはっきりと言った。
「人が帰る前に、人の名前を材料にする手順だ」
テオがサラの名札を、青い仕切りから新しい木椅子の札へ移した。ピムの名札は、ミナが朝粥の椀札の横へ置く。三つ目の空席には、ルイが入口灯の控えを立てかけた。
ロイは薪箱の角に、焦げた木炭で小さく「帰ってきたら座る」と書いた。字は曲がったが、教材箱の整った札よりずっと読みやすかった。
「この席、夕方まで残していい?」
テオが尋ねる。
「夕方で足りなければ、明日の朝粥まで残す」
ノエルは答えた。
「帰っていない人の席は、授業時間で片づけない」
誰も帰ってきていない。
けれど、帰る席は増えた。朝粥の匂いと入口灯と、名前で呼ばれるための空席が、教材箱から北塔へ戻った。
それが今日の小さな勝ちだった。
エリネは教材箱の蓋へ、青い保留札を貼った。
『未帰着名は教材ではない。本人が朝粥・入口灯・呼名確認へ到着するまで、北塔生活到着仮窓口で保留』
下役は箱を抱え直せず、両手を空にしたまま立ち尽くした。
その時、ルカが原票を裏返した。
「殿下。承認者欄の裏に、貸出番号があります」
「教育区画の番号か」
「いいえ」
ルカの指が、古い灰色の番号を押さえる。
「配属課保管棚です。七年前の、第八王子配属決裁原簿と同じ棚列です」
朝粥の湯気が、そこで細く切れた。
ノエルは木椅子の三席を見てから、ようやく椀を引き寄せた。
「じゃあ、昼寝前にもう一つだけ。人の名前を教材箱へ貸し出した棚を、返却させよう」




