北塔生活到着欄は、昼寝前に教育区画へ移管できません
北塔生活到着確認箱に、昼寝前の静けさはまだ入っていなかった。
朝粥の椀札が三枚。入口灯の点火札が二枚。毛布を干した位置を書いた小さな札が一枚。サラとピムの名札は、まだ未帰着側の青い仕切りに挟まっている。
ノエルは箱の前で、欠けた羽根ペンを置いた。
「昼寝の前に、箱ごと持っていくのは困るな」
北塔の扉に立った教育区画の使者は、銀の筒から命令書を出した。紙面にはきれいな文字で、北塔生活到着欄を教育区画管理へ移管し、確認済み児童および関連保護者欄を一元処理する、と書かれていた。
一元処理。
前世の監査室で何度も見た言葉だった。便利そうに見えて、誰がまだ飯を食べていないか、誰が帰っていないか、誰が眠る場所を持っていないかを、まとめて白い欄に戻す言葉だ。
使者は箱へ手を伸ばした。
「教育卿室の保護です。第八王子殿下の確認欄も、迷子児童の欄も、教育区画で正式に預かります」
エリネが一歩前へ出た。いつものように差し戻し文を書くだけではなく、両手で確認箱の両端を押さえた。
「生活影響明細未添付です。箱は、本人所在確認が終わるまで動かせません」
「侍女が命令を止めるのですか」
「侍女ではありません。いまは北塔生活到着仮窓口の番です」
その言い方に、ミナが息をのんだ。ルイは毛布札をもう一枚持ってきて、箱の上に置いた。ロイは朝粥の椀札の横へ、まだ洗っていない小さな匙をそっと並べる。
テオはサラの名札をつまんだまま、青い仕切りの前で手を止めた。
「……帰ってないなら、教育済みの箱に入れちゃだめなんだよね」
「うん」
ノエルはうなずいた。
「帰っていない人の札は、帰る場所を持つまで未帰着だ。勉強が終わったことにも、保護が終わったことにもならない」
使者の眉が動いた。
「殿下、これは殿下の安全のためです。北塔の仮箱より、教育区画の正式棚のほうが――」
「正式棚に移すなら、先に三つ書いて」
ノエルは命令書の余白へ線を引いた。
一、本人が北塔入口灯を通った時刻。
二、朝粥または温水が届いた確認者。
三、昼寝場所または毛布を失わない責任者。
「この三つが空白のままなら、移管は保護じゃない。未帰着を教育済みに書き替えるだけだ」
使者は言葉を詰まらせた。
ノエルはもう一枚、青い保留札を取った。そこに大きく、北塔生活到着仮窓口、と書く。七歳の手には少し大きすぎる文字だったが、読めないほどではなかった。
「箱は教育区画とけんかしない。教育区画へ渡す前に、生活がここへ着いたかを見る。入口灯、朝粥、昼寝毛布。サラとピムは未帰着。俺の昼寝場所も未読。だから、今日はここが窓口」
エリネがその札を箱の正面へ結んだ。
ミナが入口灯の控えを読み上げる。ルイが毛布の干し場を指で示す。ロイは椀札の横に、昼寝前の温水一杯と小さく書き足した。
テオはサラとピムの名札を、教育済み側ではなく未帰着側へ戻した。
「帰ってきたら、ここに入れる」
「そう。そのときは、本人の名で」
使者は命令書を抱え直した。紙はまだ無効ではない。だが、生活影響明細がないため未発令、と青い保留札に写された瞬間、箱を持ち去る手順だけは止まった。
ノエルはようやく欠伸をした。
「じゃあ、昼寝していい?」
エリネが少しだけ笑った。
「仮窓口の番が交代するまで、十分だけです」
十分。前世の昼休みより短い。でも、奪われなかった昼寝は、いちばんよく効く。
ノエルが毛布へ手を伸ばしたとき、使者の命令書の控えが机に残っているのに気づいた。
責任部署印。その棚番号は、七年前に第八王子を北塔へ送った配属決裁の原簿と同じだった。
そして印影の端には、消し残したセヴラン代理印の半月が、まだ薄く残っていた。




