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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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代理補完済の保護者欄は、七歳児の帰る場所を読んでいません

教育卿室の書記が帰ったあとも、金縁の札束は北塔の机に残っていた。


 テオの靴は乾きはじめた。サラとピムの欄は、まだ青い保留札の下で空白のままだ。


 俺はその札束の最後の一枚をめくり、そこで手を止めた。


 ノエル・リュミエ第八王子。

 保護者確認欄、代理補完済。

 確認者、セヴラン代理印。

 生活所在、王宮教育区画扱い。

 北塔滞在、暫定管理。


「……俺の欄も、閉じられてる」


 思わず声が小さくなった。


 前世で自分の勤怠表に「処理済み」と押されていた夜を思い出す。残業机の下で仮眠した身体は、どこにも帰っていなかったのに、帳簿の上では一日が終わっていた。


「殿下?」


 ミナが顔を上げる。


「大丈夫。眠いだけ」


「いつもです」


「それは健康管理上、正しい指摘だ」


 俺は毛布を肩にかけ直し、机の上を片づけた。泣くより先に、監査する。七歳児の涙は大事だが、昼寝時間はもっと大事だ。


「ロイ。俺の昼寝札。ミナは朝粥の椀札。ルイは北塔入口灯の札を持ってきて」


 三人がすぐに動いた。


 ロイが戻した札には、昨日から今日までの短い記録がある。


 殿下、昼寝一刻。毛布一枚使用。起床時、熱なし。


 ミナの椀札には、朝粥半杯追加、薬草少量、こぼさず完食、と小さな字で書かれていた。ルイの入口灯札には、北塔入口、夜間点灯済。帰着確認、ミナ・ルイ・ロイ・テオ、と並ぶ。


「保護者確認って、何を確認したことになってるんだろうね」


 俺は金縁の札と三枚の生活札を並べた。


「教育区画扱い、ですから……授業や式典の管理では」


 ロイが慎重に言う。


「じゃあ、昼寝は?」


「書いてありません」


「朝粥は?」


「ありません」


「夜に帰る入口は?」


 ルイが入口灯札を両手で押さえた。


「ここにはあります。でも、教育卿室の札にはありません」


「なら、保護者欄は読んでない」


 ちょうどそのとき、扉が控えめに叩かれた。


 入ってきたのは、さっきの書記とは別の若い記録係だった。薄茶の髪を一つに結び、胸元に教育卿室の小さな筆入れを下げている。


「エリネと申します。先ほどの総括札に、殿下ご本人の保護者欄を添付し忘れたとのことで……差し替えに参りました」


「差し替えると、俺はどこへ帰ったことになる?」


 エリネは目を瞬かせた。


「王宮教育区画です」


「昨日、俺はどこで寝ましたか」


「それは……記録対象外です」


「今朝、俺は何を食べましたか」


「殿下の食事は配膳局の——」


「この椀」


 ミナが一歩前に出た。緊張で指は震えていたが、椀札を机の中央へ置いた。


「殿下は朝粥を半杯追加しました。昨夜、テオを待っていたので、少し冷めた分も食べました」


 ルイも入口灯札を置く。


「北塔の灯りは、殿下がここへ戻るためにも点けました。孤児院の子だけじゃありません」


 ロイが最後に昼寝札を添えた。


「昼寝中、教育卿室からの呼び出しが一度ありました。殿下は起こさず、用件を保留しました。理由は、生活影響明細未添付です」


「勝手に俺の睡眠を守るとは、いい仕事をする」


「殿下がいつも言っているので」


 エリネの筆先が止まった。


「ですが、王族規程では、保護者欄は上位印で補完可能です。七歳の王子殿下には、本人確認欄を設けない慣例で……」


「慣例って、誰の毛布を見たの?」


 俺は金縁の札を指で押さえた。


「誰の椀を見て、誰の入口灯を見て、誰が眠って起きたかを見たの。そこを見ない保護者欄は、保護じゃなくて運搬指示だ」


 エリネは答えられなかった。


 俺は青い保留札を一枚切った。


 ノエル・リュミエ。保護者確認欄、代理補完済を保留。生活影響明細未添付。昼寝場所、朝粥、毛布、入口灯、本人帰着確認待ち。


「処理済みって、いなくなった意味じゃない」


 俺は札に青い糸を通す。


「帰る場所へ戻すまで、終わってないって意味に変えます」


 ミナが、小さく笑った。


「では、北塔に確認箱を置きましょう。帰着、昼寝、朝粥、毛布の四つです」


「いいね。仕事が増えるけど、昼寝を守る仕事なら許す」


 ルイが空き木箱を持ってきた。ロイがその正面に、ぎこちない字で書く。


 北塔生活到着確認箱。


 エリネはしばらくその箱を見ていた。それから、自分の筆を取り出し、金縁の札の余白へ小さく追記した。


 生活影響明細未添付。七歳児本人の昼寝場所未読。代理補完、差し戻し。


「……私の名で、いったん戻します」


「エリネ」


 俺は眠気をこらえて言った。


「その一行、あとで怒られるよ」


「はい」


「怒られたら、怒られた記録も持ってきて。怒り声にも生活影響がある」


 エリネは困ったように、けれど少しだけ笑った。


 そのとき、差し替え用の封筒から、薄い別紙が滑り落ちた。


 ロイが拾い上げ、顔色を変える。


 北塔生活到着欄、近日中に教育区画へ移管予定。

 移管理由、保護者代理確認済のため、本人所在確認不要。


 俺は北塔生活到着確認箱に、まだ乾いていない青い札を差した。


「七歳児の昼寝場所まで転用するなら、その移管命令にも生活影響明細を付けてもらおう」

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