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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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教育卿室確認済は、帰れない子の空白を上位印で閉じられません

テオの靴は、北塔の入口で湯気を立てていた。


 濡れた革の横に、入口灯が一つ。朝粥札が一枚。毛布の端に結んだ青い糸が一本。


 それだけなら、ただの小さな帰着記録だ。だが、その隣でサラとピムの欄だけが空白のまま光っている。


「殿下。教育卿室の者です」


 扉の外から、硬い声がした。


 ロイが開けると、灰色の袖をした書記が、金の縁取りのある札束を抱えて立っていた。札の一枚目には、きれいな字でこう書かれている。


 祝灯配置総括。教育卿室確認済。セヴラン代理印、上位使用許可。


「上位確認が出ています。孤児院側の未記入欄は補完可能です。祝灯式配置に関する個別空白は、総括承認へ統合してください」


 統合。


 前世の監査室で、残業を増やす魔法の言葉だった。食堂の椅子も、夜勤者の帰宅路も、誰かの名前も、だいたいその言葉で一つの箱へ押し込まれる。


 俺は毛布を肩まで引き上げた。


「補完って、何を入れることですか」


「未記入欄です」


「未記入欄に、朝粥は入りますか」


 書記が眉をひそめる。


「殿下。これは教育卿室の確認です。子供の受け入れ状態を総合的に——」


「じゃあ、教育の確認を分けます」


 俺は低い机の上に、四つの札を並べた。


 一つ。入口灯。誰の帰り道を照らしたか。

 二つ。朝粥。明日の一杯が誰の椀へ届くか。

 三つ。毛布。今夜どこで眠るか。

 四つ。呼称担当。到着したとき、誰が名前を呼ぶか。


「教育って、眠れていない子に授業済みの印を押すことじゃない。まず、朝に起きられる場所があるかを見る仕事だ」


 ミナがサラの欄の横へ毛布札を置いた。ルイは入口灯の油量を見て、小さくうなずく。ロイは勤務札を開き、北塔受け入れ担当の空欄へ自分の名を仮に書いた。


「代理印は、保護者の代わりに生活を確認した印です」


 書記が少し強く言った。


「セヴラン殿には、上位使用許可があります」


「代理なら、誰の毛布を見ましたか」


 俺は聞いた。


「誰の入口灯が点いたか、誰の朝粥が残っているか、誰が名前を呼ばれたか。それを見ない代理印は、代理じゃなくて、空白を閉じるふたです」


 テオが毛布の中で身を縮めた。


「サラの欄、閉じられるんですか」


「閉じない」


 俺は即答した。眠いので、結論は早いほうがいい。


「テオ。サラの名前、読める?」


 少年は、折れた木札を両手で持った。指がまだ少し震えている。


「……第十二孤児院、サラ。夜の灯り、途中で一つ消えた。ピムと一緒に、橋の手前で別れた、かもしれません」


 書記が口を挟もうとした。


「証言は正式書式では——」


「正式書式なら、生活影響明細を添付してください」


 俺は青い保留札を一枚切る。


 サラ。未帰着。教育卿室確認済による補完不可。入口灯一つ保持。朝粥一杯予約。毛布一枚未配布のまま保護。呼称担当、北塔ミナ仮受け。


 ミナがその札を読んだ。


「サラ。帰ってきたら、私が名前を呼びます」


 テオの目が赤くなった。


「消えてない」


「空白は、消すための穴じゃない」


 俺は札の端を押さえた。


「まだ帰っていない子が、帰ってくる場所です」


 ルイが入口灯を一本、祝灯箱から北塔入口箱へ戻した。ロイはサラの欄に、閉鎖ではなく未完了と書き足す。


「ピムの分は」


 テオが小さく聞いた。


「今日は、名前を消さないところまで」


 俺はピムの空白にも、細い青糸を一本だけ通した。


「灯りも粥も毛布も、数には限りがある。だからこそ、誰の分をまだ配っていないのかを残す。全部助けたふりをするほうが、次に助けられなくなる」


 ミナが、未配布毛布の棚に小さな木札を立てた。サラ一枚、ピム一枚。まだ空の札だ。だが空だから、戻ってきた子の名前を書ける。


 青い字は、金の総括札よりずっと頼りなく見えた。でも、頼りない字のほうが、人の帰り道には向いている。


「殿下。その処理は教育卿室の総括と矛盾します」


「総括が生活と矛盾しているなら、総括のほうが未完了です」


 俺はあくびをかみ殺した。


「あと、七歳児の睡眠時間とも矛盾しています。とても悪い書類です」


 ミナが笑いそうになって、すぐに口を押さえた。


 書記は札束を抱え直す。だが、そのとき一枚だけ、束の間から滑り落ちた。


 ノエル・リュミエ第八王子。保護者確認欄、代理補完済。教育卿室確認済。セヴラン代理印、上位使用。


 俺は、その札を拾わなかった。


 拾う前に、青い保留札をもう一枚切った。


「ロイ」


「はい」


「俺の昼寝欄も、勝手に閉じられていたみたいだ」


 北塔の入口灯は、サラの空白を照らしたまま、俺の保護者欄に落ちた古い上位印まで照らしていた。

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