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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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祝灯式準備費は、帰る子の迎え灯を王宮の飾りへ戻せません

北塔の窓から見る王宮は、いつもより少し明るかった。


 祝灯式の前夜だから、という説明なら簡単だ。中庭の柱には金色の灯籠が吊られ、南廊下の窓にも小さな火が並んでいる。


 だが北塔の入口に置いた二つの迎え灯は、風を避けるための箱の中で、細く揺れていた。


「殿下。王宮のほう、すごく明るいです」


 ルイが窓枠に手をかけて言った。七歳児の俺は、椅子の上で毛布を肩まで引き上げる。


「やたら明るい会場の裏には、だいたい暗くなった廊下があるんだ。前世の監査室では、それを残業の前兆と呼んでいた」


「ざんぎょう……?」


「眠れない呪いのことだ。だから嫌い」


 ミナが笑いかけたところで、ロイが入口から戻ってきた。腕には、薄い板紙で綴じられた控えがある。


「儀礼係からです。祝灯式準備費の戻入確認を、北塔でも確認しろと」


「北塔に祝灯式の飾りなんてないよね」


 ミナが眉を寄せる。俺は控えを受け取り、一枚目をめくった。


 上段には、きれいな字でこう書かれていた。


 王都外救済費回収済。扶助品受領済。迎え灯用途終了。余剰灯油、祝灯式準備費へ戻入可。


 便利な言葉が四つ並んでいる。前世なら、この四つが同じ行にいる日は、誰かの机の下から未処理伝票が出てきた。


「ロイ。入口の迎え灯札、持ってきて」


「はい」


「ルイは灯油壺の残量札。ミナはリトとナナの名前札」


 三人がすぐに動く。北塔はもう、空き倉庫ではない。小さな仕事が、それぞれの手にある。


 ロイが戻した入口札には、青い保留印が押してあった。


 リト。北塔入口到着確認待ち。


 ナナ。北塔入口到着確認待ち。


 ルイの残量札には、二人分の迎え灯として油二杯分が残されている。ミナの名前札には、朝粥、毛布、入口呼称の三つの確認欄が空いていた。


「受領済み、か」


 俺は控えの上に、三枚の札を並べた。


「誰が受け取ったことになってる?」


 ミナが名前札を覗き込む。


「孤児院事務方代理、セヴラン印……本人の名前じゃありません」


「用途終了は?」


 ルイが灯油札を読む。


「点灯済み、です。帰着済み、ではありません」


「入口到着確認は?」


 ロイが勤務札を見て、首を振った。


「まだです。リトとナナは入口を通っていません」


「じゃあ、終わってない」


 俺は祝灯式準備費の戻入欄に、青い保留札を重ねた。


「祝灯式準備費ではありません。これは、帰る子の入口灯です」


 ちょうどそのとき、儀礼係の男が北塔の扉を叩いた。入ってくるなり、彼は鼻を鳴らす。


「殿下。戻入確認だけで結構です。祝灯式は王宮行事です。孤児院扶助品は処理済み。灯りもすでに点灯しました。余剰を戻さなければ、式典配置が乱れます」


「式を暗くしろとは言ってないよ」


 俺は毛布を肩にかけたまま、椅子の上で帳簿を指した。


「帰る子の灯りを、飾りの予備として数えないでくださいと言ってるだけ」


「しかし、点灯は完了しています」


「点灯済みは、帰着済みじゃない」


 俺はリトの札を一番上に置く。


「灯りの仕事は、火がついたら終わりじゃない。名前のある子が、その下を通って、寒くない場所へ入るまでが仕事です」


 儀礼係が口を閉じた。


 前世でも同じだった。『発送済み』は、相手の机に届いたことを意味しない。『確認済み』は、本人が読んだことを意味しない。『処理済み』は、誰かが眠れるようになったことを意味しない。


 だから俺は、戻入欄の横に新しい欄を作った。


 生活影響明細未添付のため、戻入保留。


 対象、リト、ナナ。条件、北塔入口到着、本人名呼称、朝粥、毛布、迎え灯通過。


 ロイが勤務札に同じ文を書き写す。ミナは二つの名前札を入口箱へ差し込み、ルイは灯油壺の封を締め直した。


「この油は、祝灯式の予備ではありません」


 ルイが小さな声で言った。


「リトとナナが、ここに入るための分です」


「正解。えらい。俺の昼寝場所の入口で迷子を出すと、あとで探す仕事が増えるからね」


 儀礼係は、まだ何か言いたそうだった。けれど、青い保留札には三人の確認名が並んでいる。王宮の飾りより小さな札だが、少なくとも今日ここでは、灯りの目的語が戻っていた。


 夕方、北塔入口の二つの灯りが少しだけ強くなった。


 王宮の大灯ほど華やかではない。けれど、リトが自分の名前を読めるくらいには明るい。


「リト」


 ミナが名前を呼ぶ。


 痩せた少年が、毛布を抱えて顔を上げた。


「ナナ」


 ルイが続ける。


 小さな少女が、入口箱の光を見て、そっと頷いた。


 ロイが勤務札に二つの到着印を押す。朝粥欄は明朝確認、毛布欄は受領、迎え灯欄は通過済み。全部が終わったわけではない。だが、二人はもう『回収済み』の行には戻らない。


「よし」


 俺は椅子に沈んだ。


「これで迷子捜索の残業は回避。昼寝権が一つ守られた」


 ミナがほっと息を吐き、ルイが入口箱の蓋を閉める。


 その向こうで、王宮の祝灯がまた一つ明るくなった。


「殿下」


 ロイの声が硬くなる。


 彼が広げた配置図の端に、見慣れない番号が並んでいた。


 第三。第一。第七。第九。第十二。


 どれも、王都の外にある孤児院番号だった。


「この祝灯、第三孤児院だけではありません」


 俺は毛布を握り直し、配置図を見た。


 王宮を照らす大灯の横に、帰るはずだった子供たちの灯りが、まだいくつも並んでいた。

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