表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/16

王都外救済費回収簿は、帰れなかった子を回収済みにできません

リトとナナが粥の椀を抱えたまま眠りかけた頃、ロイが旧紙片の端を指で押さえた。


「殿下。この細い別印、裏にも続いてます」


 俺は青い保留札を乾かしながら、紙を裏返した。

 そこには、閉鎖台帳よりもさらにきれいな文字が並んでいた。


『王都外救済費回収簿。第一孤児院分、回収済み。対象児童二名、残余扱いにより扶助終了』


 眠気が一瞬で消えた。


「扶助終了、ね」


 前世でも、似た言葉は危険だった。

 支援終了。

 精算済み。

 回収済み。


 その文字だけを見ると、きちんと終わったように見える。

 だが終わったのは、たいてい金の行き先だけだった。

 人間の腹、寝床、帰り道は、まだ終わっていないことが多い。


「救済費って、何を救うお金ですか?」


 ミナが寝息を立て始めたナナの毛布を直しながら聞いた。


「そこからだ」


 俺は紙の中央に、四つの欄を引いた。


『費目名』

『本来の目的語』

『届いた生活』

『未帰着の人』


「救済費という名前だけでは、何も救っていない。毛布を買ったのか。粥を炊いたのか。水を運んだのか。迎えに行く人の灯りを点けたのか。目的語を書かせる」


 ルイが小さく息をのむ。


「回収済み、って書いてあるのに?」


「回収済みは、金庫側の言葉だ。リトとナナの側では、まだ毛布二枚と粥二杯と帰る場所の確認が未完了だ」


 俺はリトの木札を借りた。

 割れた札の裏には、かすかな数字が残っている。


 毛布一。

 夜粥一。

 迎え灯一。


 ナナの札にも、同じ三つの数字が薄く刻まれていた。


「これは物品台帳じゃありませんか?」


 ロイが言う。


「物品じゃない。生活の席だ」


 俺は二人の名前の横へ、数字を戻した。


 リト――毛布一、夜粥一、迎え灯一。

 ナナ――毛布一、夜粥一、迎え灯一。


「六つの数字をまとめて回収済みにすれば、帳面は軽くなる。でも今夜の二人は重くなる」


 ミナが、台所から小さな油皿を一つ持ってきた。


「迎え灯、今夜はこれを北塔の入口に置けます。油は、祝灯式の余りじゃなくて、帰ってくる人の分として」


「よし。青い保留札の下に貼る」


 そのとき、ナナが寝返りを打った。

 毛布の端から、古い布札が落ちる。


 布札には、第一孤児院の丸印と、もう一つ、誰かが急いで押したらしい四角い印が重なっていた。


『扶助品受領済』


 俺は眉をひそめた。


「受領済みなら、誰が受け取った」


 紙面を探す。

 だが受取人欄は空白だった。

 代わりに、倉庫番号だけが太く書かれている。


「倉庫番号が受け取ったことになっています」


 ルイが嫌そうに言った。


「番号は粥を食べない。番号は寒がらない。番号は入口の灯りを見て安心しない」


 俺は布札の横へ、さらに三つの欄を足した。


『本人が受けたもの』

『本人の代わりに誰が持ったか』

『本人へ届くまで閉じない理由』


「ノエル殿下」


 ミナが俺の名を呼んだ。

 七歳児に戻ってから、王子らしい名で呼ばれると、少しだけ背筋が伸びる。


「この布札、消しますか?」


「消さない。消したら、誰が番号で受け取ったことにしたか分からなくなる。これは証拠として残す」


 俺は青い保留札を半分だけ布札に重ねた。

 受領済みの文字は隠さない。

 ただ、その下にこう書いた。


『本人未受領。番号受領は生活到着ではない』


 ロイが小さくうなずいた。


「じゃあ、入口の灯りも、受領済みじゃなくて本人未到着ですね」


「そうだ。灯りは点けた瞬間に終わるんじゃない。リトとナナが、自分の名前で入口を通るまで終わらない」


 俺は返答を書いた。


『第一孤児院分救済費は、回収済みとして閉じない。リト、ナナの毛布二枚、夜粥二杯、迎え灯二つ、帰着確認担当の名が生活側で確認されるまで、扶助終了欄を青い保留へ移す』


 書き終えると、リトが目をこすりながら起きた。


「僕たち、もうお金が終わった子なんですか」


 七歳の体の俺は、机から降りた。

 椀を落とさないように、リトの手の横に自分の手を置く。


「違う。君たちは、まだ帰っていない子だ。お金が終わったかどうかは、君たちが毛布で眠って、粥を食べて、誰が迎えるかを確認してからでなければ言えない」


 リトはしばらく黙っていた。

 それから、ナナの毛布の端を握り直した。


「じゃあ、僕の分の灯り、妹と半分にしなくていい?」


「しなくていい」


 俺は油皿を二つに分ける札を書いた。


「救済費は、兄が妹に譲って帳尻を合わせるための金じゃない。二人が二人の名前で帰るための金だ」


 ナナが寝言のように、小さく「ナナ」と自分の名を言った。

 それだけで、ミナの目が少し赤くなる。


 小さな報酬は、油皿二つだった。

 毛布と粥に比べれば、薄い灯りだ。

 だがその灯りには、リトが妹へ譲らなくていい夜が入っていた。


 俺は救済費回収簿に青い保留札を重ねた。

 セヴラン印の下、さらに細い別印が浮かび上がる。


『祝灯式準備費へ戻入』


 ……なるほど。

 帰れなかった子の迎え灯は、王宮の祝灯へ戻されていたわけだ。


「昼寝を守るには、灯りの行き先まで見ないといけないらしい」


 ロイが入口へ油皿を置きながら、きっぱり言った。


「殿下。北塔の灯りは、帰る子のために点けます」


「ああ」


 俺はもう一枚、青い札を切った。


 王宮の祝灯がどれだけ明るくても、リトとナナの帰る入口を暗くするなら、その準備費はまだ完了していない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ