王都外救済費回収簿は、帰れなかった子を回収済みにできません
リトとナナが粥の椀を抱えたまま眠りかけた頃、ロイが旧紙片の端を指で押さえた。
「殿下。この細い別印、裏にも続いてます」
俺は青い保留札を乾かしながら、紙を裏返した。
そこには、閉鎖台帳よりもさらにきれいな文字が並んでいた。
『王都外救済費回収簿。第一孤児院分、回収済み。対象児童二名、残余扱いにより扶助終了』
眠気が一瞬で消えた。
「扶助終了、ね」
前世でも、似た言葉は危険だった。
支援終了。
精算済み。
回収済み。
その文字だけを見ると、きちんと終わったように見える。
だが終わったのは、たいてい金の行き先だけだった。
人間の腹、寝床、帰り道は、まだ終わっていないことが多い。
「救済費って、何を救うお金ですか?」
ミナが寝息を立て始めたナナの毛布を直しながら聞いた。
「そこからだ」
俺は紙の中央に、四つの欄を引いた。
『費目名』
『本来の目的語』
『届いた生活』
『未帰着の人』
「救済費という名前だけでは、何も救っていない。毛布を買ったのか。粥を炊いたのか。水を運んだのか。迎えに行く人の灯りを点けたのか。目的語を書かせる」
ルイが小さく息をのむ。
「回収済み、って書いてあるのに?」
「回収済みは、金庫側の言葉だ。リトとナナの側では、まだ毛布二枚と粥二杯と帰る場所の確認が未完了だ」
俺はリトの木札を借りた。
割れた札の裏には、かすかな数字が残っている。
毛布一。
夜粥一。
迎え灯一。
ナナの札にも、同じ三つの数字が薄く刻まれていた。
「これは物品台帳じゃありませんか?」
ロイが言う。
「物品じゃない。生活の席だ」
俺は二人の名前の横へ、数字を戻した。
リト――毛布一、夜粥一、迎え灯一。
ナナ――毛布一、夜粥一、迎え灯一。
「六つの数字をまとめて回収済みにすれば、帳面は軽くなる。でも今夜の二人は重くなる」
ミナが、台所から小さな油皿を一つ持ってきた。
「迎え灯、今夜はこれを北塔の入口に置けます。油は、祝灯式の余りじゃなくて、帰ってくる人の分として」
「よし。青い保留札の下に貼る」
そのとき、ナナが寝返りを打った。
毛布の端から、古い布札が落ちる。
布札には、第一孤児院の丸印と、もう一つ、誰かが急いで押したらしい四角い印が重なっていた。
『扶助品受領済』
俺は眉をひそめた。
「受領済みなら、誰が受け取った」
紙面を探す。
だが受取人欄は空白だった。
代わりに、倉庫番号だけが太く書かれている。
「倉庫番号が受け取ったことになっています」
ルイが嫌そうに言った。
「番号は粥を食べない。番号は寒がらない。番号は入口の灯りを見て安心しない」
俺は布札の横へ、さらに三つの欄を足した。
『本人が受けたもの』
『本人の代わりに誰が持ったか』
『本人へ届くまで閉じない理由』
「ノエル殿下」
ミナが俺の名を呼んだ。
七歳児に戻ってから、王子らしい名で呼ばれると、少しだけ背筋が伸びる。
「この布札、消しますか?」
「消さない。消したら、誰が番号で受け取ったことにしたか分からなくなる。これは証拠として残す」
俺は青い保留札を半分だけ布札に重ねた。
受領済みの文字は隠さない。
ただ、その下にこう書いた。
『本人未受領。番号受領は生活到着ではない』
ロイが小さくうなずいた。
「じゃあ、入口の灯りも、受領済みじゃなくて本人未到着ですね」
「そうだ。灯りは点けた瞬間に終わるんじゃない。リトとナナが、自分の名前で入口を通るまで終わらない」
俺は返答を書いた。
『第一孤児院分救済費は、回収済みとして閉じない。リト、ナナの毛布二枚、夜粥二杯、迎え灯二つ、帰着確認担当の名が生活側で確認されるまで、扶助終了欄を青い保留へ移す』
書き終えると、リトが目をこすりながら起きた。
「僕たち、もうお金が終わった子なんですか」
七歳の体の俺は、机から降りた。
椀を落とさないように、リトの手の横に自分の手を置く。
「違う。君たちは、まだ帰っていない子だ。お金が終わったかどうかは、君たちが毛布で眠って、粥を食べて、誰が迎えるかを確認してからでなければ言えない」
リトはしばらく黙っていた。
それから、ナナの毛布の端を握り直した。
「じゃあ、僕の分の灯り、妹と半分にしなくていい?」
「しなくていい」
俺は油皿を二つに分ける札を書いた。
「救済費は、兄が妹に譲って帳尻を合わせるための金じゃない。二人が二人の名前で帰るための金だ」
ナナが寝言のように、小さく「ナナ」と自分の名を言った。
それだけで、ミナの目が少し赤くなる。
小さな報酬は、油皿二つだった。
毛布と粥に比べれば、薄い灯りだ。
だがその灯りには、リトが妹へ譲らなくていい夜が入っていた。
俺は救済費回収簿に青い保留札を重ねた。
セヴラン印の下、さらに細い別印が浮かび上がる。
『祝灯式準備費へ戻入』
……なるほど。
帰れなかった子の迎え灯は、王宮の祝灯へ戻されていたわけだ。
「昼寝を守るには、灯りの行き先まで見ないといけないらしい」
ロイが入口へ油皿を置きながら、きっぱり言った。
「殿下。北塔の灯りは、帰る子のために点けます」
「ああ」
俺はもう一枚、青い札を切った。
王宮の祝灯がどれだけ明るくても、リトとナナの帰る入口を暗くするなら、その準備費はまだ完了していない。




