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社畜監査官だった俺、貧乏第八王子に転生したので王宮の無駄手順を全部“昼寝できる仕組み”に変えます  作者: 花守りつ


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王都外第三孤児院の保管担当照会は、子供の朝を倉庫番号にしません

北塔の朝は、少しだけ遅く始まった。


 それは寝坊ではない。夜間就寝札が正しく働いた結果である。


 ミナは両手で椀を包み、湯気の向こうでまばたきをした。


「……殿下。朝の粥って、急いで飲まなくても温かいんですね」


「本来、粥は人間が飲むものだ。鐘の都合を飲ませるものじゃない」


 俺はそう言って、自分の椀を机の端に置いた。


 前世で社畜監査官だった俺は、昼休みの五分前に会議を入れる上司をまだ許していない。粥と睡眠は、どちらも先に人間へ到着すべき生活資産である。


 ルイが笑い、ロイが薪雨除け布を干しに行こうとした、その時だった。


 北塔の古い扉を、控えめに三度叩く音がした。


 入ってきたのは、教育卿室の小姓ではない。王都外連絡便の札を下げた、痩せた配達係だった。彼は俺の前に薄い封筒を置き、ほっとしたように息を吐く。


「北塔保管担当宛です。照会元は、王都外第三孤児院。古い照会で、返送先が何度も変わっておりました」


 封筒の端には、見覚えのある印があった。


 測定石の保管箱。祝灯式菓子箱。従者評価控え箱。北塔倉庫旧鍵。


 どれにも残っていた、セヴランの古い保管印である。


 俺は椀を置き直した。


 昼寝の敵は、朝に来る。


 中の照会文は、妙にきれいな字で書かれていた。


『王都外第三孤児院保管児童三名について、北塔旧倉庫番号との照合を願う。保管担当者セヴラン。未到着分は番号処理済みとして返送可』


 ミナが首をかしげた。


「保管児童、ですか」


「悪い言葉だ」


 俺は照会文を机に広げ、隣に北塔の青い保留札を置いた。


「孤児院は倉庫じゃない。子供は保管物じゃない。朝になったら名前で呼ばれ、椀を受け取り、夜になったら毛布に戻れる場所だ」


 文面には三つの欄があった。


 倉庫番号。


 保管担当。


 処理状態。


 だが、あるべき欄がない。


 名前。


 今朝の食事。


 今夜の寝床。


 誰がその子を呼び、誰が毛布を渡したか。


 俺は筆を取った。


「番号処理済み、という言葉を生活到着条件へ戻す。未到着分とは、どこへ到着していない分か。朝食か。寝床か。名前か。それを書かずに処理済みへ閉じるのは、監査上、昼寝妨害である」


「昼寝妨害なんですか?」


「俺が安心して寝られない」


 ロイが真面目な顔でうなずいた。


「それは大問題です」


 俺は青い保留札に、北塔で決めた手順を一行足した。


『子供に関する保管照会は、本人名・朝食・寝床・呼称担当を確認するまで完了扱いにしない』


 難しく書くと役所は眠くなる。だが、眠くなっていいのは俺だけだ。


「ルイ。乾燥豆の到着札は?」


「ここです。一袋、まだ予備扱いです」


「予備ではない。第三孤児院照会三名の朝食未到着分だ。今夜分として北塔で一時保留する」


「ミナ。替え布は?」


「二枚だけ、古い棚に戻りました」


「処分予定ではない。名前が戻るまでの毛布未到着分だ。青い紐で縛って、番号ではなく空欄の名前欄へ付ける」


 ミナは一瞬だけ迷い、それから小さく笑った。


「空欄のまま、守るんですね」


「そうだ。勝手に埋めると、別の誰かが“受け取ったこと”にできる。空欄は怠慢じゃない。本人がまだ朝に到着していない証拠だ」


 俺たちは照会文の写しを作った。


 倉庫番号の横に、青い線を引く。


 保管担当の横に、責任確認未了と書く。


 処理状態の横に、完了ではなく未到着と書く。


 そして一番上に、ミナが丁寧な字で新しい欄を足した。


『名前で呼ぶ欄』


 配達係は、ぽかんとそれを見ていた。


「殿下。これを返送してよろしいのですか。番号で答えないと、照会が終わらないのでは」


「終わらせないために返す」


 俺は封筒へ青い保留札の控えを入れた。


「第三孤児院へ伝えろ。今夜、番号三つ分の朝食と毛布は処理済みにしない。北塔が一晩だけ生活到着未完了として預かる。子供の名前が届いたら、番号ではなく名前で椀を渡せ」


 配達係の喉が、小さく鳴った。


「……私の弟も、第三孤児院におります。番号だけで呼ばれる日があります」


 ミナが、椀を一つ棚から出した。


「じゃあ、その弟さんの分も、名前が届くまで冷まさないように書きましょう」


 勝手に椀を増やすな、と普通の王宮なら叱るのだろう。


 だが、俺は監査官である。


 帳簿上の一椀は、誰かの朝へ到着して初めて一椀だ。


「配達係。弟の名は、ここではまだ書くな。お前が戻って、本人に聞いてから本人の字か、本人が選んだ呼び名で書け。今日ここに残すのは、弟が番号だけで閉じられていないという保留だ」


 配達係は封筒を胸に抱き、深く頭を下げた。


 扉が閉まると、北塔の朝はまた静かになった。


 だが、静けさの種類が違う。


 倉庫だった場所に、誰かの名前が戻ってくる余白ができていた。


 俺は照会文の最後の行を見た。


 セヴランの保管印。その下に、小さな追記がある。


『同印、王都外第一・第二孤児院閉鎖台帳にも使用』


 俺は椀を持ち直した。


 粥は、まだ温かい。


 つまり、仕事はまだ終わっていない。

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