北塔は、もう空き倉庫ではありません
木札には、ほこりより古い字が残っていた。
北塔倉庫閉鎖確認。
旧保管担当――セヴラン。
俺はその札を、粥の湯気から少し離して置いた。豆の匂いはありがたいが、証拠まで煮る趣味はない。
「閉鎖確認って、もう使っていない場所という意味ですか」
ロイが水桶縄を抱えたまま聞く。
新しい縄はまだ固く、彼の細い腕には少し重そうだった。
「王宮書類の上では、そういう顔をしている」
「でも、今朝、豆が出ました」
「だから困る」
空き倉庫から豆は出ない。
空き倉庫なら、替え布も、水桶縄も、薪の雨除け布も、ここへ戻る理由がない。
ミナが鍋をかき混ぜる手を止めた。
「殿下、北塔が空き倉庫なら、私たちはどこにいることになるんでしょう」
いい質問だ。
七歳児の昼寝を守るために、昼寝前に答えるべき質問としては最悪だが、いい質問である。
「書類上は、臨時待機者だろうな」
「臨時……」
「待っているだけの人は、飯も寝床も水桶も、いつでも動かせる材料に見える」
ルイが薪置き場から戻ってきた。
新しい雨除け布のおかげで、乾いた薪は壁際にきちんと積まれている。彼は誇らしそうに一束を撫でた。
「でも、ここに置いたら今夜燃やせます」
「そこだ」
俺は机に四つの札を並べた。
乾燥豆――明日の朝粥。
麻の替え布――今夜の寝台。
水桶縄――朝夕二回の水。
薪雨除け布――夜間薪番を一回減らすための屋根。
その横に、ほこりを払った閉鎖確認札を置く。
「場所は、壁と床の名前ではない。何が戻って、誰が明日も生活を続けられるかで読む」
教育卿室の使いは、まだ帰っていなかった。
帰ればいいのに、帰らない。王宮の使いは、俺の昼寝より粘り強い。
「ノエル殿下、北塔は王宮施設台帳上、使用休止区分です。倉庫機能も閉鎖済みで――」
「使用休止なら、誰の朝粥を休ませた?」
使いが黙った。
「閉鎖済みなら、誰の寝台布が閉じられた? 水桶縄の次の持ち手は誰だ。薪を濡らさない屋根は、どこの夜番を一回減らす」
俺は閉鎖確認札の裏へ、炭筆で欄を作った。
物が戻る棚。
人が呼ばれる名簿。
水と薪が使われる時刻。
寝る場所。
「この四つが残っている場所は、空き倉庫ではない。生活到着条件未完了の場所だ」
ミナが小さく復唱した。
「生活、到着条件」
「難しい言い方をしたが、要するに、豆が鍋に着いて、縄が手に着いて、布が寝台に着いて、人が名前で呼ばれるまで終わっていないという意味だ」
ロイが胸元の札を見た。
昨日、本人名で水桶係に戻した札である。
「じゃあ、僕もここに着いています」
「そうだ。水桶縄だけが着いても、ロイがいないなら水は運べない」
ルイが薪札を持ち上げた。
「僕の夜番札も、ここです」
「夜番札があるのに北塔が空なら、王宮書類は幽霊に薪番をさせていることになる。怖いな」
三人が少し笑った。
笑いは小さい。だが、空き倉庫に笑いは記録されない。生活している場所にだけ、笑いは残る。
俺は青い保留札を一枚切った。
北塔は、乾燥豆二袋・替え布三枚・水桶縄二巻き・薪雨除け布一枚・ミナ、ルイ、ロイの勤務札が戻る場所である。
王宮施設台帳の使用休止区分は、生活到着条件の確認が終わるまで、物資移動・従者移動・寝台撤去の根拠にしない。
閉鎖確認札は証拠として保留し、セヴランの確認範囲を再読する。
「殿下、それは、北塔を正式に使うという宣言ですか」
使いの声が固い。
「違う。正式に眠るための保留だ」
「正式に……眠る」
「王宮で一番大事な手続きだ。少なくとも俺にとっては」
俺は青い札を扉の内側に貼った。
そこは、朝に豆袋が入り、夕方に水桶縄が戻り、夜に薪番札が一枚減る場所だ。
ミナが鍋から一椀をすくった。
豆が三粒、椀の中央に浮かんでいる。昨日より少ない。けれど、薄いだけの粥ではない。
「殿下、熱いうちに」
「監査官は、証拠を食べない」
「これは朝粥です」
「なら食べる」
俺が椀を受け取ると、ロイが扉の外を見た。
「殿下。外門のほうから、人が来ます」
遠い階段の下に、薄茶色の外套が見えた。
王宮の役人の足取りではない。もっと疲れて、もっと遠くから来た歩き方だ。
外套の胸には、小さな木札が揺れていた。
王都外第三孤児院。
保管担当照会――セヴラン。
俺は椀を置いた。
「……昼寝の前に、孤児院まで来たか」
北塔の扉に貼った青い保留札が、風で少し鳴った。
空き倉庫ではない場所には、どうやら、まだ帰っていない名前まで届くらしい。




