進化
赫灼の大森林が存在するグラムグラ王国は赤緑大陸の北半分を領有する。国の南側には大陸を東西に走る大渓谷が大地を割り、北側は未開の大森林が在る。大森林は全国土の三割を占める広大な広さを誇り、人族の生活圏は東西に横長に延びる形になっていた。
王国は大森林の開拓に長年に渡り国力を注いでいたのだが、ここに来て大森林に重大な問題が発生していた。
"浸透する黒い霧" と呼ばれる謎の現象が従来の生態系を無視したような凶悪な敵性体を生み出し続けて人類の生存圏を脅かしつつあるのだ。
いくら敵性体を討伐しようとも死ねば有害な赤黒い石のような塊を落として生態系を破壊する。獣のように肉も皮も取れず、いくら倒しても生み出される赤黒い石により、ひたすら大地や森林が汚染されるのみ。百害あって一利なしの正に悪夢のような敵性体を魔物と呼び人々は恐れた。
国土の三割を占める広大な大森林の奥深い場所から生まれた黒い霧は現在、人類生存圏のすぐ近くまで迫っており、大森林の中でも比較的浅い場所に暮らしていた亜人種(ビッグフット、ハーフリングを表す差別用語)達の生存圏を奪い、人族が暮らす街に亜人種達が難民となって押し寄せる事態を招いている。
封建主義のグラムグラ王国には明確な身分制度が有る。力が弱く身体の小さなハーフリングは話しが出来る犬猫程度の様な扱いで、身体が大きく力は強いが愚鈍なビッグフットは言葉を理解出来る分、牛や馬よりも使い勝手の良い家畜のような扱いをされている。
いずれも人間社会の中で奴隷階級と定義され納税を課さない代わりに人間が亜人種を所有する権利が認められていた。
難民となった亜人種が人間社会の中に在れば、家畜や愛玩動物のような扱いになる。しかし大森林で糧を得られなくなった彼ら亜人種達に選択の余地はなく、平地を支配し食事を提供してくれる人間達に、甘んじて従う他に生きる残る術が無かった。
黄金の巨大ナマズが大森林に現れるまでは…
◆
「…次に先月から再三にわたり要請している国軍の追加派兵の件ですが、国王陛下ご裁可の方は…」
『あ〜…その件でしたら確か"前向きに検討する" との御達しが有りましたな…』
「そうですか…前向きに…」
『ハイド卿は陛下の御言に何かご不満でもお有りか?二月ほど前にも三個中隊を派遣して頂いたばかりでは有りませぬか、我が国の国庫とて無限に湧き出る泉では有りませぬぞ?兵を派遣すればそれなりに出費も嵩みます』
「もちろん不満など御座いません。派兵して頂いた事も深く感謝申し上げております。されど未だ魔物の脅威を排除する事が能わず。亜人種どもの難民も増え続けておる次第です。これ以上の難民の受け入れは我がハイドシャイニー領だけでは…」
『それは誠にお気の毒とは思いますが、その件と追加派兵の要請に何の関係が?』
「上申書にも記載致しましたが、この際難民となった亜人種どもを全て捕らえ、労働奴隷として他領へ流通出来たらと思いましてな…」
『ほう……要するに領費を圧迫する無駄飯食いどもを金に換えれば、口減らしにもなり売った金で領も潤うと…それを国軍にやらせるおつもりか?』
「もちろん、陛下の御手をただ煩わすつもりは御座いません。国軍が捕らえた亜人種は全て献上致しますので、ご自由に差配して頂ければ… 私はただ亜人種どもに費やす無駄な出費が減らせればと…単に始末するだけでは一銭にも成りませぬ故」
『なるほど成る程… 国に無償で労働力を提供する代わりに出費を減らす事が出来るわけですな… 魔物を減らすのでは無く難民を減らすと…されど、それでは黒い霧から出る魔物への対処は如何なさるおつもりか』
「その事ですが、一年程前に大森林で発見された謎の坑道から様々な鉱石が採掘されまして、不思議な事に魔物も減っております。坑道の周辺には魔物が全く出現しなくなり、ただいま派遣された国軍に坑道の調査をさせ、陛下へ御報告申し上げる上申書を作成しておるところで御座います。もしやしたら巨大鉱脈を発見出来る可能性が御座います」
『なんと、そのような物が…それではハイドシャイニー領は今後、無償の労働力を国へ献上した上で様々な鉱物資源をも獲得出来るでは有りませぬか…魔物が減っておるのも、これまで苦しい運営をなされてきたハイド卿への福音かもしれませぬな!これまでハイドシャイニー領は木材の一大生産地でしたが、これからは鉱物の商いへ転換なさるのかな?』
「ハハハ、真に福音であれば良いのですが… そこで、漸く本日、宰相閣下にこうして直接ご連絡申し上げた主旨をお伝えできるのです…」
『私に直接、伝えたい?ですか…伺いましょう』
「実は鉱物資源の眠る坑道には魔物が出るのです。まるで地上の魔物が坑道の中に引き込まれておるようで…已む無く国軍に魔物を討伐させ、その隙になんとか少量の採掘が可能になる程度でして… 地上の被害が減った事は僥倖ですが、これではせっかくの鉱脈も絵に描いた餅と代わりませぬ」
『成る程それは…陛下の御裁可を待つしか有りませぬなぁ、で?今日私に直接伝えたい事とは?』
「はい。閣下の所領は確かハイドシャイニー領の南、ランデブルクですね?…そちらから閣下の私兵団を我が領に直接派遣しては頂けないかと愚考するに至りまして…」
『ランデブルクから?…それはまた… されど派遣したとして私にどのような益が?』
「国軍派兵要請に陛下の御沙汰が下りる前に、あくまで鉱脈調査協力という建前での、鉱脈の共同開発事業のご提案で御座いますよ。閣下」
『ッ!──これはまた豪気なw 鉱脈から得られる利権に私も一枚噛めと仰るか! ワッハッハッハッ…なるほど成る程、確かに隣接する領で共同開発する事で他領からの圧力も躱せて、互いに街道を整備しておけば採掘した資源の流通も容易になりますな。…それは鉱脈から得られる資源が…』
「はい。…紅玉石、金剛石、鉄鉱石、更には未知の鉱石も見つかりました。未だ検証中では御座いますが、その未知の鉱石は融点が低く鉄より加工が容易な上、鍛造する事で鉄より硬い金属に成ったようです」
『ほう〜…その様な物まで…分かりました。この王国侯爵であるランデブルクが、その共同調査に私財を投じてご協力申し上げる事をお約束致しますぞ!明日にも陛下の御裁可を頂き、来週までに派兵出来るよう取り計らいます故、大船に乗ったつもりでお任せあれ。ワッハッハッハッハッ……………』
………
……
…
◆
───プツッ
執務室で導声器を通した通話を終えたハイド伯爵はニヤリと口角を上げたまま、来客用ソファに座る三人の対面に腰を下ろした。三人掛けのソファの両側には人間の男性が座り、挟まれるように真ん中に座るのはハーフリングの女だ。
人間社会では奴隷階級に当たるハーフリングが貴族の部屋に客人として招かれるなど、この国では有り得ない事だが、そんな事はどこ吹く風とばかりに出された紅茶をフゥフゥと冷ましながら、お行儀悪く啜っている。
「やれやれ、これで来週にはランデブルク侯爵の私兵を招く事が出来そうだ。国軍の追加派兵も、あの強欲宰相が勝手に時間を稼いでくれるはずさ、何せ自分の利益を国に掠め取られる訳には行かないだろうからねw
私が何度助けを求めてもノラリクラリと惚けていたクセに金になると分かった途端に手の平を返すのだからね、呆れて笑いそうになったよw」
通話を終えたと同時にメイドが淹れてくれた紅茶を上品な所作で口に含みながら、クラウド・ハイド伯爵が女に顔を向ける。
「熱チチ… この紅茶、香りが良いですね。何かの花の香りがします♪…熱いけど… 侯爵さまは何人くらいの兵を派遣してくれますかね?」
「まあ、中隊…百人は送ってくるんじゃないかな?強欲だけど吝嗇な方だからね。確かランデブルク領に駐屯してる私兵は500人くらいだから幾らかは減らせたよ」
「え〜?半分くらいは送って欲しかったなぁ。まあ仕方ないかぁ~、では私達はその中隊が領境いを越えたらランデブルク侯爵領に攻め込みますね♪
─ポチャンッ…「ッ、ゃあっ!熱っつぅ〜っ!!!」
漸く少し冷めてきた紅茶をハーフリングの女が啜ろうとカップを口に寄せた瞬間、彼女の頭の上で寝ていた妖精がカップの中に落ちた。撥ねた紅茶が顔に掛かり、顔を押さえて悶絶する女の様子を見て両隣りに座る男二人が呆れている。
「大丈夫かい?…妖精さんは…」
ハイド伯爵が横に控えていたメイドに紅茶のお代わりとタオルを持って来るよう指示を出すと、メイドが慌てて執務室を出て行った。
「あちちち、ちょっと"ベル"!?寝るならちゃんとカバンに戻りなさいよ!…もう〜伯爵さまも、ベルより私の心配をして下さい!」
背中に翅を生やした小さな妖精は億劫そうにカップから出るとブルルルッ、紅茶塗れになった身体を翅ごと振れば、一瞬で身体から水気が消えた。
そのまま何事も無かったように出されたお菓子を両手で抱えて食べ始める。
「アハハハハ、可愛いなぁ〜…その妖精さんはハーフリングにしか付いてないのかい?」
伯爵は妖精がお菓子を食べる姿を微笑ましそうに見て前のハーフリングに訊ねた。
「はい。けど人間の進化先の方が多いんですよ?ね?レントはどうして獣人を選ばなかったの?」
「あん?そらそぅやろ?あんなん他人のをモフりたいだけで、自分のなんぞモフってどないすんねん」
「レントはどうせ、毎日尻尾の手入れするのが面倒臭かっただけだろう?伯爵の進化先はハイヒューマンでしたっけ、調子はどうです?」
「すこぶる順調だよ!身体能力は五割増し、肌艶も毛艶も戻ったし、それに… ふふ、レディの前だ止めておこう♪ 妻の機嫌は良くなったが、ね?」
そう言って真ん中に座るヨーダにウインクした。
「はいはい、ご馳走さまです。私達ハーフリングは"スピリットハーフリング" かドワーフしか選べないんですよね。 私はお髭が嫌だったんで"コレ"にしたんですけど、ちょっと失敗したかも…」
そう言ってヨーダはお菓子に夢中な妖精の頭をチョンと押す。妖精"ベル"はヨーダが進化した際に身体から現れた分身体のような物らしい。話す事は出来ないが、主の意思を正確に汲み取り自由に動いて補助してくれる妖精である。
つまりベルの先ほどの行動はヨーダの本音を代弁していたりする。"飽きた、眠い、腹減った" を意味していた。両側に座る二人が呆れていたのも無理からぬ事であろう…
ここハイドシャイニー領の人間の三割は既に進化を果たしている…正確には果たせられたと表現すべきか…
ダンジョンで進化を果たしたビッグフットは巨人となる事で愚鈍さが消え知能が人間並みになった。
ハーフリング達はヨーダのようなスピリットハーフリングかドワーフに進化。どちらも規格外の土魔法を行使できるようになった。その威力はこの世界に元々在った魔法など話にもならない程に強力無比な物であった。
いずれの個体も人間の身体能力など問題にしないほどに強化されている。たった二人のジャイアントと七人の進化したハーフリングやドワーフに全く太刀打ち出来なかった。
その上、影が意思を持ったように動く得体の知れない怪人と、お伽話に出てくる吸血鬼のような怪人も加わり、都市部の支配階級全員がダンジョンへ連れら去れる事件が起きたのは半年前の事である。
───伯爵談
「強制進化させられた時は死をも覚悟したけど、こうして進化した後では寧ろ感謝しかないよ。後は旧態然としたこの国の体制を根本から揺るがせてやろうではないか♪アッハッハッハッハ…… 人類の絶滅まで危惧していた一年前が嘘みたいさ。楽しいね〜、実に良いよ!」
こうして亜人種、共存共栄計画はハイド伯爵を旗頭に進撃を開始した…
後世の歴史家が言う所の、
『人類みな兄弟一日一善』革命前夜の一幕である…




