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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:冬九章「三野の大乱」

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第九十五話 三野臣黒犬の誕生

 人と、人が繋がれば、

 村が生まれ。


 村と、村が繋がれば、

 道が生まれる。


 しかし。


 和を結ぶということは、

 同時に、不和を生みだす恐れもあった。




「名張とだけなら、まだしも……」


「三輪なんかまで道を繋げば、

 奴らは、一気に我らに攻めあがりますぞ」


 イワネは批判の声を上げながら、

 俺に、鋭い視線をむける。



「その懸念は、ごもっともですが……」


 俺は、声を上げた。


「どこかで相手を信じなければ、

 戦の巡りを断つことはできません」


 そこで、また、深い沈黙が落ちた。



――――――――――


「戦の巡りを、断つ……」


 クロイは、小さく呟いた。


 環濠内の誰もが、

 俺の言葉に息を呑んでいた。



 この、争いの絶えない時代。


 戦なき世など、

 考えたこともないのだろう。



「兄上」


 最初に口を開いたのは、ナトリだった。


「波多は、名張と道を繋げることに賛同します」


 ざわりと空気が揺れ、

 同時に、クロイが顔をしかめていた。


「その道を守る者として、

 兄上を、仰ぎたく思います」


 それは、つまり。


 波多は、クロイに従うと言ったのだ。



「ナトリ、待て」


「波多は、三野之黒犬みののくろいを、

 これより三野を束ねる者として仰ぎましょう」


「待てというのだ」


 クロイの声が鋭くなった。


「我は、父から三野臣みののおみを奪い取るために、

 兵を出したのではないぞ……」


「承知しております」


 ナトリは頭を下げる。



三野臣みののおみの席が空いているから、

 兄上を、三野臣みののおみに推すのではありません」


 ナトリが膝をつく。


「誰よりも、三野の地を守るために動いた。

 そんな兄上こそ、三野臣みののおみにふさわしいと」


 その後ろで、波多之古鷹も頭を垂れる。

 波多の者たちも、それに続いた。



「どうか三野を……、

 我らが、波多を、お守りください……」


 ナトリは、深々と頭を下げた。



――――――――――


「我らも、クロイ様を仰ぎたく思います」


 イワネは、そう言いながら、

 一度だけ他の古老たちに視線をむけた。


 皆が静かに頷いてみせる。



「だから、待てと言っておる……」


 クロイは、戸惑いの声を上げた。

 その重責に未だに迷っている。



「タカヒコ様は、強き御方にございました」


 イワネは言う。


「怖ろしくもありながら、この三野を、

 誰よりも大きくされた御方でもあります」


 誰も、それを否定しなかった。


 三野臣高彦みののおみたかひこは、ただの暴君ではない。


 この山間にある三野を、

 周囲に恐れられる地へ育てた男。


 だからこそ、ここまでの権力を持てたのだろう。



「されど、そのタカヒコ様は、

 この環濠を見捨てなされたのです……」


 その言葉に、何人かが息を呑んだ。


「それは、戦の術による、

 正しき判断なのかもしれませんが……」


 イワネは、ちらりと俺を見た。


「落とされた環濠の民からすれば、

 環濠ごと根絶やしにされる事もありえたのです」


 その目には、

 畏れの色が混じっている。



「その必要があるのならば、

 私たちは、そうしたでしょうね」


 俺は、答えてみせる。


 どこよりも名張は弱いのだ。

 手段など、選んでいる余裕はない。


 ただ頭の固い、古い伝統ではないようだ。

 よくわかっているじゃないか。




「だが、そういうことなら、

 この環濠を落としたのは名張であろう」


 クロイは言う。


「されど、名張の童が、この席へ座れば、

 この環濠は収まりませぬ……」


 後ろの古老たちは、再び、首を縦に頷いた。



「また、三野之鳴鳥みののなとり様が臣に座すれば、

 三野は、波多に下ったと見られるでしょう」


 ナトリは、静かに目を伏せた。


 それは、内に反乱の火種を残すことになり、

 波多にとっても望むことではない。



「ゆえに、この臣に座するべきは、

 三野之黒犬みののくろい様が一番でありましょう……」


 イワネが、地面に深く頭を下げる。

 後ろの者たちも、皆、同じく頭を下げてみせた。


 三野に、波多。


 そのすべてが、クロイに恭順の意を示していた。



――――――――――


「なるほど」


 クロイは、ゆっくりと立ち上がり。


 竪穴の中央を通り、

 そのまま、奥の座に向かって歩く。


 その横顔に喜びはなく。


 あるのは、その重さと向き合う緊張の色。



「イミナ殿……」


 三野臣みののおみの座の前に立った時、

 クロイは振りかえり、俺を見た。


「おぬしは、最初から、

 こうなることまで読んでいたのか」


 場の視線が、俺に集まる。



「確かに、この形は、

 私の望むところでありますが……」


 これは、名張にとって都合のいい形である。


「私は、なにも仕向けてません、

 名張は流れに合わせて動いただけです」


 すべての者たちの、

 それぞれの判断によるものである。


 それはつまり――


「ここで、臣を決めるのは、

 皆さんの想い、そのものでありましょう」




「小賢しい答えだが、感謝しよう……」


 それだけ言うと。


 クロイは身を翻して、

 その席に、腰を深く下ろした。



――――――――――


「今日から三野臣黒犬みののおみくろいだ、

 この、三野の地を守ってみせると誓おう」



「波多は、三野臣黒犬みののおみくろいに従いましょう」


 あらためて、ナトリが。

 そして波多の者たちが頭を下げる。



「三野も、三野臣黒犬みののくろいを仰ぎましょう」


 イワネも額を土に近づける。

 その背後の者たちも、また膝を折る。



「我らも、あらたな三野臣みののおみの誕生を祝おうぞ」


 名張の村を代表してシラガが声をあげ、

 小さく頭を下げて友好を示した。


 そして、他の名張の者たちも頭を下げた。



「にぃに、みんな……仲直り……?」


 俺にだけ聞こえるような声で、

 隣のイミコが聞いてきた。


「ああ、これで皆、仲良しだ」


「……わぁ、よかった……」


 そして、周りに倣うようにイミコも、

 その頭を下げてみせた。


 もちろん、そう簡単な話ではない。


 けれど、今のイミコには、

 それでよかった。



――――――――――


 これは、新たな三野のおみの誕生。


 その門出を祝う儀式。



 そこには勝鬨かちどきもなければ。


 過去になげく者もなく。


 ただ、皆の、未来への希望だけがあった。




 三野臣黒犬みののおみくろい


 三野と、波多の共同体――




 それは後に「美旗」と呼ばれる。


 この地の未来が、生まれる瞬間でもあった。


三重県名張市にある美旗地区は、かつて「美濃原みのはら」や「小波田野おばたの」とも呼ばれ、「古事記」や「日本書紀」にも記述される、天皇の禁猟区としての広い原野があった土地とされています。


また、この地域には「五〜六世紀の古墳群」をはじめ、前方後円墳を複数含む「美旗古墳群」なども残されており、後の時代においても重要な土地であったことがうかがえます。


本作では、こうした「美濃原みのはら小波田野おばたの・美旗周辺の地名や伝承」をもとに、「三野」と「波多」という二つの環濠として物語上に再構成しました。


いわゆる「失われた二百年」における詳細な資料は存在しませんが、後世に残る地名や古墳群、伝承から見ても、この周辺は古代から何らかの重要性を持つ土地であったのではないかと考えています。

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