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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:冬九章「三野の大乱」

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第九十二話 ★高彦:阿閉の門

◇ 【三野臣高彦みののおみたかひこ】視点 ◇



 夜の山道を、兵たちの松明が揺れていた。


 誰も、声を張らない。

 その足取りは重い。


 三野の本環濠を失った。


 波多を得られず、三野之黒犬みののくろいも討てず、

 帰るべき火床すら背後にはない。


 まだ兵は残っている。

 だが、その糧も尽きる頃だった。



――――――――――


阿閉あとじまで、間もなくにございます」


 我の横から、フクロウの声があがる。


「わかっておる」


 向かう先。

 木々の隙間から、環濠の火が見えていた。



 阿閉あとじの環濠。


 このあたりで最大規模を誇る環濠。


 我と祖を同じくする筋のなかで、

 最も大きな力を持つ臣。


 そして、我がもっとも、

 頼りたくなかった者でもある。



阿閉臣饗守あとじのおみあえもりか……」


 その名を、口にするだけで腹の奥が重くなる。


「このあたりは懐かしいか、フクロウよ」


「昔のことにございます」


「そうだな……」



 * * *


 はるか昔。


 我らが若かりし頃。


 そして、フクロウが阿閉あとじの筋として、

 ひとつの環濠を率いていた頃。


 我らが三野に対して、

 阿閉あとじが、ある失態を犯した。


 そして、その責を負わされ、

 阿閉あとじで生き場を失った男がいた。



 ならば、その者を、

 我が好きにしても構わぬな。



 その時、我は、そう言ったのだ。


 アエモリは笑って頷いた。


 阿閉あとじを継ぎ得る対立者を一人、

 根から断つことができるのだから。


 * * *



 そうして、阿閉あとじを追い出された男は、

 今ではふくろうと名を変えて、三野で兵を率いている。


 誰よりも頼りになる優秀な右腕として。


 それだけは、少しばかり愉快だった。



――――――――――


 我らが阿閉あとじの環濠に着いたとき。

 すでに門は開かれていた。


 我らを迎えるように門で並ぶ兵ども。


 その表情は、どれもわずかに緩んでいる。


 環濠の上から、野犬でも眺めるような目。

 腹立たしいにも程がある。



「おお、これは三野臣高彦みののおみたかひこ殿」


 門の内側から、ひとりの小柄な男が姿を現した。



 阿閉臣饗守あとじのおみあえもり――


 白い髭を整え、衣を乱さず。


 まるで、祭りの客でも迎えるように、

 両手をゆるやかに広げている。


「よくぞ、険しい山道を越えて来られた」


 その顔に憐れみはない。


 すべてを知った上で、

 何も知らぬふりをする歪んだ笑みである。




「迎えが早いな、アエモリ」


「祖を同じくする筋の者が、

 夜に山道を越えて来られると聞けば、

 火を用意して迎えるは、当然にございます」


 よく言う。


 我が三野の本環濠を失ったこと、

 息子のクロイと、ナトリが反意を示したこと。


 そして、行き場を失ったこと。


 それらのすべてを、先触れで知らせている。



「タカヒコ殿ほどの御方が、

 このまま、終わるなど思ってはおりませぬ」


 アエモリは、柔らかく笑う。


「ですが、三野を取り戻すには、

 まず兵の腹を満たさねばなりますまい」


 丁寧な声だが、その腹の内では、

 手を叩いて大笑いをしていることだろう。


 兵を出さず、槍も折らず、血も流さず。


 火と、粥を出すだけで、

 我が兵に手綱をかけられるのだ。


 安い糧で、強い兵を買い叩くようなものだ。



――――――――――


「タカヒコ殿、そちらの者は、

 はて、どこかで見た顔であるが……」


 アエモリの視線が、我の横へ向けられる。


 フクロウが、一歩前に出ると、

 その地に膝をついた。


三野之梟みののふくろうにございます」



「おお、そうであった、そうであった」


 いかにも、今思い出したという顔で嘲笑う。


「そうか、今は、フクロウと名乗るか。

 たしか今は、三野の者であったのだな……」


「はっ」


「ひさしぶりに目にする阿閉あとじの火は、

 そなたには少し眩しかろう」


 嫌らしい言いまわしだ。


 阿閉あとじの筋から外された者に対して、

 その環濠の、大きな火を見せつける。


 だが、フクロウは、

 わずかにも表情を崩さなかった。


「三野の闇にてこそ、

 ふくろうは、その目が利きますゆえ」


 途端に、アエモリは目を細めた。


 ほんのわずかだが、

 確かに、その笑みの奥が冷えていた。



「ふっ」


 我は、喉の奥で笑いそうになった。


 よい。


 それでこそ、我が拾った男だ。



「なるほど、良き名を得たようですな……」


 あからさまに、アエモリの声が低くなった。


三野臣高彦みののおみたかひこ様より賜った名にございます」


「タカヒコ殿は、昔から、

 人を見る目がおありのようで……」


「誰かには不要なものでも、

 我に使えることもあるというだけである」


「さようか、それは耳が痛い……」


 事もなげな顔で、

 アエモリは、柔らかく笑ってみせた。



――――――――――


「積もる話は後にして、

 それでは、まず、環濠の中へ」


 言葉だけ聞いていれば、

 礼を尽くしているようにも見える。


「偉大な三野臣みののおみを、門の外に、

 立たせておくわけにはまいりませんからな」


 だが、この環濠の門をくぐれば、

 阿閉あとじの恩にすがったことになるのだ。



「…………」


 我は、ゆっくりと背後をみわたす。


 百近くいる兵たちの、その疲れきった顔。


 阿閉あとじの環濠から漂う、粥の匂いに、

 十分に食を取れていない兵の腹が鳴る。


 ここで意地を張れば、

 兵の心は、さらに痩せる。


 我に残された答えは、ひとつしかなかった。



「しばらくの間、世話になる」


 我は、短く告げる。

 兵たちの間に安堵の空気が広がった。


 腹立たしいが、

 今は、呑むしかない。



「おお、それは何より」


 アエモリは、深く頭を下げた。


 その頭の下で、笑っている。

 見えずともわかる。


 こいつは、そういう男だ。



――――――――――


 阿閉あとじの門をくぐると。


 すぐに、粥をすする兵の音が聞こえ始めた。

 傷を負った者が、湯のある方へと連れていかれた。


 何もかも、用意がよすぎる。



 この場に足を踏み入れた時点で、

 我らは、阿閉あとじの筋書きに引きずり込まれた。


 そして、このまま、恩を重ねられたならば、

 いずれ我らは、我らでいられなくなる。


 過去に、そうして、

 阿閉臣に喰われていった筋の者がいる。



 その者らの名は、伊賀――



「我は、そうはならぬ……」


 誰にも聞こえぬほど低く、我は呟いた。


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