第九十一話 見えないものを見ようとした結果
人は、存在しないものを見ようとする。
自分の都合のいいように。
ならば、見せてやれば良い。
相手に都合のいい物語を。
そうすれば、勝手に判断を見誤り、
道を間違えていくのだから。
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「手荒な真似はしないように」
俺の言葉に頷きながら。
クロイと、ナトリの率いる、
三十の兵が環濠へ踏み込んでいく。
木の橋が、大きな軋みの音をあげていた。
いきなりの兵の侵入に、
三野の環濠が、慌ただしくなる。
環濠に残っていた守りの兵たちが、
驚いたように、こちらを見た。
数にして六人ほど。
一瞬で、その動きが止まる。
三野臣高彦の息子である二人が、
いきなり環濠に入ってきたのだ。
抵抗していいのか、従うべきなのか。
咄嗟の判断ができずに動きが遅れていた。
あっという間に。
クロイの兵たちが、
守りの兵を押さえつけて、縛り上げた。
叫び声すら、ほとんど上がらなかった。
「いやあ、皆さんの手際がよくて助かります」
俺は、名張の兵を率いて、
ゆっくりと後から入ってきた。
「村の皆さん、落ち着いてください。
すべては三野を治める者からの命です」
「おぬしは、本当に……」
「はい?」
「いや、よい……」
クロイは、口を閉じた。
嘘は言っていない。
三野臣高彦は北に退いた。
ならば、この三野を治めるのは、
目のまえの二人なのだから。
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特に激しい抵抗もなく、
環濠の内は、落ち着いていった。
「父上は、もう戻らない。
これからは我々だけでこの地を守るのだ」
「皆さん、慌てずに聞いてください……」
広場に村人を集めて、
二人は、丁寧な説明を重ねていた。
「三野同士で争い合うなんて……」
「ウチの旦那は無事なのでしょうか」
様々な声があがるが。
意外なことに、この環濠にも、
クロイやナトリを支持する者たちは多かった。
派閥というのは、思ったよりも複雑そうだ。
――――――――――
「それにしても」
クロイが、俺の横へ来た。
「よく、環濠内の兵たちに気付かれないよう、
外の兵を捕らえていたものだ」
「皆、森の中で捕らえましたから」
「森の中だと?」
「三野臣に報告へ走ろうとした者や、
見回りで、森へ足を踏み入れた者です」
「声も上げさせずに捕らえたというのか」
「名張には、那婆理の民がいますから」
俺は、周囲の森に視線を向けた。
タケの率いる那婆理の民。
その十人は、今も森に潜ませていた。
環濠の内から情報を持ち出させず、
外からの斥候にも、情報を持ち帰らせない。
そのためにも最大戦力には、
今も、森の中で頑張ってもらっているのだ。
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「もし、三野臣が、こちらへ兵を進めた場合は、
どうするつもりだったのですか」
今度は、ナトリが口を開いた。
「その時は逃げますよ」
「逃げる?」
「三野臣の本隊とは戦えません。
もちろん、倉に火を放っていきますがね」
「倉に火を……」
ナトリは、小さく呟いた。
「三野臣は環濠は取り戻せたでしょうが、
倉を焼かれれば、兵も民も飢えます」
この本環濠は、三野でも最大の人数を抱える。
それは、つまり飢えるのも一番早い。
「なれば、環濠ごと倒れることになります」
あとは生き残った者たちごと、
こちらの手に環濠を収めていけばいい。
糧を分け与え、命を救うという、
大義名分まで手に入る。
「おぬしは恐ろしいことを、平然と言うな」
「平然とはしていませんよ」
俺は、笑みを崩さずに返す。
「ただ、やらなければ、
こちらが滅ぼされるだけですから」
そんな俺の言葉に、
場の空気が、少しだけ冷えた気がした。
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そんな話をしている間にも、
三野の環濠は、落ち着きを取り戻していった。
本来の三野臣であるタカヒコが、
例え、いなくなろうとも。
この、三野の環濠には明日が訪れるのだ。
そして、環濠内では――
これまでの力関係に、
ただ、わずかな変化が生まれるだけである。
「それでは、
後日、評定を行います」
俺は、クロイとナトリに視線を向けた。
「それまでは、各々の環濠を、
落ち着かせることに努めてください」
波多の環濠。
クロイの治める三野の環濠。
そして、この本環濠。
これらを皆の手で、
安定させなければいけないのだ。
これからの名張のためにも。




