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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:冬九章「三野の大乱」

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第九十話  ◇黒犬:戦なき環濠

◇ 【三野之黒犬みののくろい】視点 ◇



 翌朝、三野の環濠へ向かう道は、

 静まり返っていた。



「名張の兵は、三十と言ったな……」


 ナトリと並んで獣道を歩く。

 私たちの後ろには、三十名の兵が連なる。


 その他の者たちは、

 負傷者や、環濠の守り手を優先して、

 それぞれの環濠に帰すことにした。


 名張の三十の兵に、我らの三十の兵で、

 環濠を制するのに足りるだろう。



「父上の環濠は大きく、

 名張だけでは手に負えないでしょうから」


「うむ、先を急がねば……」


 歩調は、自然と早まった。



――――――――――


 森が開けると、

 三野の本環濠が見えてきた。


 朝日のした、大きな環濠を囲むように、

 雄々しい木の柵が並んでいる。



「なにかおかしい……」


 環濠から、火の手が上がっていない。

 門を打ち破った様子もなければ。


 橋のまわりに死体の跡もなく、

 血肉の匂いまでしない。


 戦の匂いが、薄すぎる――




「……あ、橋の先に居るのが、イミナ殿です」


 ナトリが、環濠の橋に指を向けた。


 そこには小柄なわらべが、

 橋の脇に、ちょこんと腰を下ろしていた。



「あれが、名張のわらべ……イミナ殿……」


 幼い。


 噂には聞いていたが、

 成人前の男子を示すボサボサの髪の毛。


 その背丈は小さく、手足も短い。


 その小さな手に、燻製肉らしきものを握り、

 今も呑気にかじっている。


 どう見ても、ただのわらべだ……。



「イミナ、殿……何をしているのだ……」


「あ、お待ちしておりました」


 顔を上げたわらべは、

 こちらを見上げて、にこりと笑った。


 家に客人を招き入れるような声だった。



「おう、三野からの兵も到着か」


 三野の橋の手前には、

 他にも、名張の者らしき男たちの姿。


 我らに槍を突きつけるわけでもなく、

 ただ、橋を守るように立っていた。


 そして、橋の向こう。


 環濠の内側では、

 三野の人々が普通の日常を過ごしている。



「なぜ、戦になっていない」


 挨拶も忘れて。

 私は、思わず聞いてしまった。


「えっと、それは……、

 戦にならないように入りましたので」


 名張のわらべは、不思議そうに首を傾げた。


「環濠の内にいる者たちは、

 おおむね、我らを仲間だと思っておりますよ」


 さらにわらべは言葉を続けた。



「こちらの頭がおかしくなりそうだ……」


 おもわず額に手を当てる。


 目のまえのわらべは、

 一体、なにを言っているのだ。


 三野の者たちが、

 名張を、仲間だと思っているだと。


 すこし前には、槍を交わした相手だぞ。



――――――――――


「あ、すみません、その際に、

 ナトリ様のお名前を、お借りしました」


「私の、名前ですか……」


 後ろから、ナトリの声が聞こえた。



「三野臣が、ナトリ様と波多で合流し、

 そこにクロイ殿が兵を挙げて戦になった」


「そういう、嘘をつきましたので……」


 しれっと、とんでもないことを言う。


「我が悪者か……」


 父上に抵抗して兵を挙げたこと自体は、

 事実なので、別に構わぬが……。


「こちらの環濠の守りを助けてほしい、

 ……そう、ナトリ様からの命を受けたと」



「話の筋は通っているが、

 なぜ、三野の民が、それを信じる」


 普通に考えて疑うだろう。


「信じさせる者を、

 先に、環濠へ向かわせましたから」



「あ、まさか」


 その時、ナトリが呟いた。


「以前の名張攻めで、手当をされた後、

 名張に残った者たちですね」


「さあ、それはどうでしょうね」


 イミナは答えなかった。

 ただ、笑みだけを浮かべている。


 それが、答えだった。




「これが名張のわらべ、か……」


 背筋に冷たいものが過る。


 名張は、以前の戦を終えた時から、

 今回の事態に備えていたとでもいうのか。


 捕らえた兵の顔を借り、言葉を借り。


 三野の環濠へ忍び込ませる者に、

 仕立て上げたと……。



――――――――――


「ならば、我らが見た、

 あの黒い煙はどこにあるのだ」


「ああ、それなら、むこうですよ」


 わらべは手元の燻製肉を見てから、

 環濠の、すこし離れたところを指差した。



 いくつかの焚火が設けらていた。

 今も、数匹の獣が吊るされて焼かれている。


「肉を、焼いているのか……」


 たしかに、ここまで肉の香りが漂ってくる。



「焼いた肉は、三野の環濠の皆さんにも、

 美味しく食べてもらってます」


「なぜ、敵に糧をまわすような真似を……」


「そりゃ、人を騙すには、

 食事を共にするのが一番ですから」


「そ、そうか……」


 とんでもないことを平然と口にする。

 だが、確かに、その通りだ。



「あ、それで、あの焚火なんですが、

 特に、遠くから黒い煙が見えるように、

 獣の糞尿や、皮なども混ぜて燃やしてですね……」


 それからも、わらべは楽しげに語っていた。


 だが、本当に恐ろしいのは、

 その煙の知識ではない。



 このわらべは、父上に黒煙を見せるために、

 三野の環濠の前で火を起こしたという。


 帰る場所を失ったと、

 そう、父上に思い込ませるために。


 だが、その時に三野の環濠は、

 まだ存在していたのだ。


 こんな年端もいかない童が、父上を欺いた。



 この、三野の環濠を、

 名張の兵だけで抑えることが難しい。


 それなら、すべてを偽って、

 我らと合流するまで待つことにしたのだろう。


 このわらべは、そんな不可能を、

 あっさりと現実に塗り替えてしまったのだ。



――――――――――


「それでは、中へ向かいますか」


 名張のわらべが、我々を環濠へ促してきた。



「まだ、三野の環濠の皆さんが、

 我らを味方だと思っているうちに……」


 屈託のない笑顔を浮かべる、このわらべは。


 槍を一合も交わすことなく、

 この、三野の環濠を落としていた。



「これが名張のわらべか……」


 そんな、私の声を聞き流しながら。


 ただ、静かに、わらべは微笑んでいた。


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