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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:冬九章「三野の大乱」

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第八十六話 ★高彦:狼煙の影

◇【三野臣高彦みののおみたかひこ】視点◇



三野之黒犬みののくろいよ、

 アラカの死に乗じて三野を奪いにきたか」



 我の声が、丘に響きわたる。


 眼下の兵がわずかに怯むが、

 当の、クロイは目を逸らさなかった。



――――――――――


「我は、三野を滅びの道へ向かわせる、

 父上を止めに来たのだ」


 クロイの声が返ってくる。

 思ったよりも、よく通る声だった。



 戦場では声の通る者が強い。


 兵に命を聞かせるにも。

 乱れた場を押さえるにも。


 声が通るということは、

 それだけで人の上に立つ資質といえる。



 思えば、アラカの声も、よく通った。


 あれは、腹の底から兵を湧かせ、

 自然と前へ出させる筋のある声だった。


 一方、クロイの声は、

 人を圧さず、ただ理を押し込んでくる。



 なるほど。


 やはり、こやつにも、

 人を率いるだけの器が見てとれる。


 ナトリは……まあ、無理だろうな。


 あれは、穂や、豆の数を数えているほうが似合う。



「我が、三野を滅びの道にむける、か……、

 それを、おぬしが言うか」


 笑わせる。


「父の呼び出しにも応じず、兵を集め、

 いま、まさに爪を向けておる、おぬしが」


 まわりの兵たちに声を聞かせる。


 これは我らの言葉でありながら、

 同時に、兵へ聞かせる言葉でもあった。



 戦の前に、互いの理を立てる。

 おたがいの大義を示してみせる。


 それが、古くからの習わしのひとつ。


 これをするだけで、

 戦の後の治まりが大きく変わってくる。



「自らの政の誤りを一部に被せて、

 力で奪い上げるなど……」


「それが、上に立つ者のすることかっ」


 クロイの兵が、力強く頷いていた。



「おぬしは、父に牙を向けたのではない。

 三野に牙を向けたのだぞ」


「我は、三野に背いたのではありませぬ。

 三野を生かすために、父上を止めるのです」


 頭がまわり、口もまわる。

 さすが「知の爪」と呼ばれるだけはある。



――――――――――


「……よかろう」


 我は、手を上げる。


「おぬしの三野と、我の三野……、

 どちらが残るべきかを兵で示すとしよう」


「承知」


 クロイが頭を下げる。


 その姿に隙はない。



 護衛の位置、足の運び。

 背を見せぬ退き方。


 どれも、よく測られていた。


 隙あらば、

 射させてやろうと思っていた。


 だが、そのような隙はなかった。



 そして、クロイも、

 同じことを考えていたのだろう。


 まったく……。


 嫌なところばかり、我に似ておる。



――――――――――


 クロイが、丘を、

 下りていくのを見届けてから。


 我も、丘の縁から退いた。




「会戦ですな」


 フクロウが近づいてくる。


「当然だ」


 丘の下を見渡す。



 クロイの兵は五十。


 腹を減らして弱っている、

 波多の兵を合わせて、八十だ。



 我が率いるは、百。


 数でも、地形でも、我が陣営が勝る。




「正面から手堅く受ければ、

 負けようはないが……」


 ふと遠くに細い煙が見えた。


 まっすぐ、空へ立つ、一本の白い筋。



「あれは……名張の……いや、違うな。

 もっと近い、どこだ」


 名張の丘に作られたという、

 物見の小屋ではない。


 波多の環濠でもない。

 その、すこし外れた場所からだ。



「名張の手の者、でしょうか」


 フクロウが低く言う。


「あそこのわらべは、油断ならぬと聞きます」



 我は鼻で笑った。


「この進軍は、今日、我が決めたことだ」


 そうだ。


 この動きは、事前に兵に触れまわったものではない。

 今日、我が決め、我が動かした。


 波多の者が知らせを走らせたとして、

 名張へ届くまでに時がかかる。



「兵を集め、支度を整え、

 ここまで上がる頃には、日は落ちておる」


 夜に兵を進めるなど愚行。


 道を誤り、足を痛め、

 味方同士で声を探す羽目になる。



「名張が動くとしても明日だ。

 そして、明日には、この戦は終わっている」


 この戦に関しては、どうあがこうが、

 名張が手を出すことはできぬ。



「さようで」


 フクロウは頭を下げた。


 ただ、その目はもう一度だけ、

 遠くの煙を見ていた。


 用心深い男だ。


 だが、今、見るべきは煙ではない。


 眼下だ。



――――――――――


 波多の環濠から、

 ゆっくりと兵が出ている。


 迷いなくクロイの陣と合流していく。



「波多は、クロイ様につくようですな」


「まあ、そうだろう」


 我に従ったところで、波多に残る道は、

 搾り取られるだけのものだ。


 ならば、槍を持つのは当然のこと。


 それでよい。

 このほうが分かりやすい。



 反意ある者どもが、

 ひとところに集まった。


 それだけのことだ。



 波多と、クロイ。


 これらを正面から制し、

 兵に見せ、周りの環濠に見せつける。


 三野を束ねる者は、三野臣高彦みののおみたかひこであると。


 そのことを、

 もう一度、この地に刻み直す。




「さあ、三野臣高彦みののおみたかひこの物語の始まりである」


 丘の下を見据えながら、我は呟いた。



 その間にも遠くの煙が、

 風に乗って、ひと際濃くなった気がした。


 あれが何を告げる煙なのか、

 我は、まだ知らない。



 だが、すでに戦の場は整った。


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