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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:冬九章「三野の大乱」

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第八十四話 ★高彦:親子の決裂

◇【三野臣高彦みののおみたかひこ】視点◇



 人は、恐れを捨てられない。


 だからこそ、いつも、

 なにかに縋ろうとするのだ。



 ナトリが情けを請えば、

 波多の倉を守れるのではないか――


 コダカが頭を下げれば、

 見逃してもらえるのではないか――



 そんなありもしないことに、

 人は、すぐに縋ってしまうのだ。



――――――――――


「父上……」


 ナトリが顔を上げる。


「波多の倉は、名張攻めで多くを出し、

 冬の取り立てもございました」


「これ以上、さらに倉をひらくとなれば……」


 そこで声が止まった。



「これ以上、ひらけば、なんだ?」


 ナトリは答えない。



 言えぬか――


 言えば、我への反抗になる。


 言わねば、波多の者は飢える。


 その狭間で、

 愚かな息子は言葉を失っていた。




「波多の倉を開けて、運び出せ」


 ナトリの言葉を無視して、

 我は、兵に号令を出す。


 三野の兵が橋を超える時、

 波多の護衛が、一瞬だけ身じろぎした。


 双方の兵の槍先が動き、一瞬の緊張が走る。



「動くな」


 我が、低く告げる。


 波多の護衛どもは歯を食いしばり、

 その動きを止めた。


 どうやら、まだ、分は弁えているようだ。



――――――――――


 我らは、波多の環濠に踏み込み。

 環濠の倉の前に立つ。


 土と、藁と、古い穀の匂いがした。



「長きにわたり作られた、よい倉だ」


 それは悔しいほどに。


 だからこそ三野に必要なのだ。

 力なき者に持たせておくには、あまりに惜しい。



ひらけよ、三野臣みののおみの命であるぞ」


 波多の倉番が震えながら、

 倉の戸へ手をかけた。


 軋む音とともに、倉の口がひらかれる。


 穀の束、干した豆、細く割った薪。

 そして、倉の隅に寄せられた小さな籠。



「これが、名張から持ち込まれた糧か、

 たしかに数は少ない……」


 だが、この小さな籠に、

 波多の者どもは希望を見たのだろう。


 敵であった名張が、

 自分たちを見捨てなかった。


 そんな、くだらぬ希望を。


 そのせいで、これほど飢えながらも、

 三野に縋ることをしなかった。


 実に腹正しいものだ。


「すべて運び出せ」


 三野の兵が、名張の籠を持ち上げる。



「あっ」


 その瞬間、ナトリの声が漏れる。


「父上、それを取られれば……波多は……」


 いまだに諦めずに懇願をしてくる。


「それなら、この波多の環濠、

 三野の直轄してやろうではないか。

 食うに困ることはないぞ」


「くっ……う、ううっ……」


 ナトリは膝をつき、土に額をつけた。

 その肩を、わずかに震わせる。


 波多としての最後の誇りが崩れたのか。


 だが、名張に頭を下げた時点で、

 波多の誇りなど地に落ちているというのに。


 今さら震えたところで、何になる。



「倉の中も数えよ」


 我は、兵へ号令を出す。


 波多の倉は、三野の手に落ちた。


 今、この波多の環濠にいる誰もが、

 それを受け入れたことだろう。


 我ら、三野の庇護を受けなければ、

 もう生きてはいけないと。



――――――――――


 その時。


 環濠の外から、

 慌ただしい足音が近寄ってきた。



三野臣みののおみ様……っ」


 息を切らした兵が、慌てて膝をつく。



「クロイ様の兵が動きました。

 東の道より、こちらへ……数は、およそ五十」


 ナトリが顔を上げた。

 波多の者たちの目に光が戻る。


 環濠の空気が変わった。



 分かりやすい者どもだ。



「ついに動いたか、馬鹿息子め……」


 我は、喉の奥で笑った。

 クロイが来ることなど初めから見えている。


 奴は、波多を助けに来たわけではない。



「取り立ての手を止めよ」


 三野を止めるためには兵を出すしかない。


 クロイ自身、もはや、退く道を失っているのだ。



「兵を出せ、環濠の外で迎え討つ」


「野で受けるのですか?」


 フクロウが声を上げた。



「橋で守れば、折角の数の優位を失うからな」


 環濠の橋で守りを固めるのは定石だが、

 それは、防衛側の兵が劣っている時の話だ。


 此度は三野の兵の数のほうが勝っている。



「それに、内に不穏を抱えては戦もできぬ」


 ちらりと、ナトリに視線を向ける。


 環濠の橋で、クロイを相手にしている所に、

 波多の民に内から立ち上がられたら。


 我らは挟みうちにされる。

 クロイなら、それを狙うやもしれぬ。


 だが、そうはさせん。


「北の小高い丘にて、陣を整えよ」


「はっ」


 フクロウが動くと、

 三野の兵が流れるように動き始めた。




「波多の倉は戦のあとに改める」


 我は、ナトリに振り返った。


「この戦の間、妙な動きを見せれば、

 そこに反意ありと見るぞ」


「……承知」


 先ほどまでの穏やかな声ではない。

 おそらく、クロイに加担するのだろう。


 だが、それで構わぬ。



 我が欲しいのは倉と、この豊穣な土地。

 そして、そこで土を耕す者どもだ。


 我を裏切るなら、それでいい。


 クロイの兵、共々、まとめて押しつぶし、

 両者の環濠を奪い取るだけだ。



――――――――――


「ゆくぞ」


 我の言葉に護衛が歩き出す。

 槍が揺れ、その足音が土を揺らす。


 波多の環濠に残っていた静けさが、

 戦のざわめきに呑まれていく。


 見せてやろう。


 父に爪を向けるとは、どういうことかを。


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