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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:冬九章「三野の大乱」

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第八十三話 ★高彦:波多を囲む

◇【三野臣高彦みののおみたかひこ】視点◇



 波多の環濠は、静まり返っていた。



「囲みを狭めすぎるな、

 逃げ場を消せば、鼠でも噛むからな」


 我の率いる百の兵が、そのまわりを取り囲む。

 槍持ちを前へ、弓持ちを後ろへ。


 逃げ道になりそうな細道には、山道を知る者を置いた。




「東の見張りはどうだ?」


 隣の、三野之梟みののふくろうへ問う。


「クロイ様に動きがあれば、

 すぐに、報せが走りましょう」



 三野之黒犬みののくろい


 あの小賢しい息子が、

 この状況を黙って見過ごすはずがない。


 波多の環濠が落ちれば、次は、自分の番。


 それが、わからぬような愚鈍ではない。

 必ず動きを見せる。


 それでよい。

 とくと見せてやろうぞ。


 おぬしらの父の爪が、

 まだ、いささかも鈍っておらぬことを。



――――――――――


「波多の環濠から、人影数名」


 橋のむこうへ視線を向ける。

 息子のひとり、三野之鳴鳥みののなとりの姿があった。


「父上」


 ナトリの大きな図体が、橋に膝をつく。


 その声は震えていない。

 だが、顔色が悪い。


 ろくに物を食べてないのかもしれない。



「…………」


 我は返事をしない。

 沈黙は、それだけで重みを持つ。


 ナトリの横で、老いた男も膝をついた。


三野臣高彦みののおみたかひこ様……、

 我は波多之古鷹はたのこだかにございます」


「……知っておる」


 昔は、この辺りで名を馳せた腕自慢も、

 寄せる年波には勝てぬようだ。


 それらの後ろに護衛らしき者が数名。


 だが、槍も、弓も構えていない。



 争う意思がないことを、

 ナトリは、我に見せにきたのだろう。



――――――――――


「なぜ、我が来たか、分かっておるな」


 ナトリは、わずかに顔を伏せる。



「名張より持ち込まれた品のことかと」


「事実だと認めるのだな」


「隠していたわけではございません」


 ナトリは慎重に言葉を選んでいる。



「コダカらが、名張の旧知の者を訪ねた際、

 名張臣なばりのおみより、個人的に渡されたもの」


「名張の倉から、波多の倉へ納めたものでは、

 断じてございません」


 そういって、ナトリは、さらに頭を下げた。



「父上、波多に反意はございません。

 私は三野の子にございます」


 その言葉は本意であろう。

 温厚なナトリらしい、裏表を感じさせない声だ。


 だが、それだと、こちらが困るのでな。



「先の、名張攻めの後でなお、

 名張に訪ねられる旧知の者がいる、とな……」


 ナトリの肩が、わずかに動いた。


「負けるはずのない三野の敗走。

 身内に不届き者がいなかったかと思っての……」


 遠巻きに見ている、波多の女。

 竪穴の入口で息を潜める、波多の子。


 槍を手に震えている、波多の若衆。


 みな、我らを恐れている。それでよい。



「アラカの不審な死、その背後に、

 糸を引く者があったなら、絶対に許せぬ」


「そんなことは、決してありませぬ」


 ナトリが、これまでにない声をあげた。



 悔しいことに、あの戦。

 アラカの力不足だったことは確かだろう。


 戦のあとの報告を受けて、

 我は、べつに疑ってはいない。


 だが――



「アラカを殺し、三野の兵を傷つけ、

 面目を踏みにじった村から施しを受ける者を、

 我らに信じよというのか」


 今、このまわりが見てる前では、

 疑いがあるという形にした方が都合がよいのだ。



――――――――――


「恐れながら、あれは、この私め、

 コダカが勝手に受けたものにございます」


 コダカが、土に額を近づけた。



「コダカ、おぬしは、波多の者だったな」


「……はっ」


「波多は、誰の下にある?」


 コダカは、すぐには答えなかった。

 波多の古狸には、耐え難い屈辱であろう。



「……三野臣高彦みののおみたかひこ様の下にございます」


 怒りをこらえきれず、声が震えておるわ。


「ならば、波多の者が受けた物は、

 誰の下にあるべきなのだ」


「……三野臣みののおみ様の下に、あるべきかと」


「そうだ、分かっておるではないか」


 我は頷いた。



「父上、あれは、わずかなものです」


 ナトリが顔を上げる。


「あの程度、三野の足しにもならぬ量、

 なにも、そのような物まで取り上げなくても」


 古くから仕えてきた忠臣のため、

 ナトリは、必死に懇願してみせてきた。



 環濠の長としては正しい反応だ。


 戦はできぬが、

 環濠の長としては、それなりに使える。


 波多の筋を背負う者でなければ、

 重用してやっても、よかったのだがな……。




「量の問題ではなかろう」


 我は、ナトリの言葉を遮った。


「三野の倉を預かる波多が、

 名張の情けに縋のが問題だと言ってる」


 橋の向こうで、護衛の一人が、

 唇を噛むのが見えた。


 誰のせいでこうなった、

 ……とでも言いたいのだろう。



 コダカは動かない。


 ナトリだけが、我を見ている。


 すでに、父を見る目ではなかった。

 自らの主にむける目でもない。


 倉を奪いに来た「略奪者」を見る目だ。


 その目を、もう少し早く持てたならば、

 事態は変わったかもしれんがな。



――――――――――


「ナトリ、反意はないと言ったな」


 我は、一歩前へ出る。


「ございません」



「ならば、示せ」


 三野の槍が揺れる。


「名張より受けた物を、三野へ差し出せ」


「父上、それは……」



「そして、波多の倉を、三野に開けよ」


 一陣の風が通り抜ける。

 それは、とても冷たい冬の風だった。



「それは……あまりにも……」


 ナトリは言葉を失っていた。


 それもそのはず。


 他所者に倉をひらかせる。

 それは、環濠を明け渡すという事を意味する。



「波多に反意がないと言うなら倉をひらけ、

 三野臣みののおみの前に、その腹のうちを見せよ」


 ナトリは答えない。


 コダカも、護衛たちも、動かない。


 だが、環濠の内側にいる、

 波多の者たちの息が止まるのを、


 我は確かに感じた。



 それでよい――



 恐れよ。


 思い出せよ。


 波多の倉が、誰の下にあるのかを。


 力を持たずして富を持つ者が、

 どのようになるのかを。


 波多には、思い知らさねばならぬ。


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