第七十九話 隠之王イミナ
名張と波多の「約定」を結んだ。
それは間違いなく名張のためになる。
そう、俺は信じているが。
それとは別に、筋を、
通さなければいけないことがある。
――――――――――
「勝手に、話を進めてすみません」
タケと、シラガの二人に、
俺は頭を下げた。
村を統べる者達を差し置いて。
まだ年端もいかない童が、
話を独断で進めたのだ。
「なにをいまさら」
那婆理を統べるタケが、鼻で笑った。
「おぬしは、いつも、勝手に、
先ばかりを見ておるではないか」
「それはそうですが」
「おぬしは、この村の……隠の王だからのう」
シラガが苦笑する。
「隠の王……?」
どことなく気恥ずかしい響きである。
「隠……村に立てる旗の印か」
タケが、ほうと感心の声をあげた。
「隠れ、隠し、人に知られないという意味だと、
イミナ殿が前に言っておったからのう」
シラガが愉快そうに笑う。
「人に知られず姿を隠して我らを導く、
そんな童のおぬしは、隠の王と呼ぶに、
まさしく相応しいじゃろて」
「たしかに、言い得て妙だ」
二人は、うんうんと頷いて見せる。
「隠の、王ですか……そんな風に呼ばれるほど、
たいしたものを持ち合わせてませんが」
俺の、腕を伸ばして、
自分の手のひらを見つめる。
この手足は小さく、幼いものだ。
すこし、歩くだけでも疲れが出てしまう。
三野との戦の時も、そうだ。
戦の場に出ることもできなかった。
実際のやるべきことは、
すべて、まわりに任せてばかりだ。
そんな俺が、王など……なぜ言えよう……。
「『君』は臣を束ね、『臣』は環濠を束ねる。
だが、『王』は違うのだ……」
タケが呟いた。
「それでは、王とは、
一体何を束ねるのですか?」
「人だ」
「人……」
それは思いがけない言葉。
「一人でも、二人でもよい……」
「そこに、おぬしを王と戴く者がいるならば、
それすなわち王なのだ」
タケも、那婆理の王を称していた。
たしかに村の那婆理の民は、
この村というより、タケに付き従っている。
――――――――――
「わし、名張臣白髪は……」
ゆっくりと、
シラガは姿勢を正した。
炉の火に、その白い髪を赤く照らされている。
「今宵から、イミナを『王』に据えるぞ」
「…………」
つい、俺は息を呑んでしまった。
その一言は、軽くない。
名張臣。
長きにわたり村を預かり、
名張の名を背負ってきた由緒のある筋なのだ。
それが――
「我、那婆理之稲置武も……」
タケは、俺のまえに膝をついた。
「おぬしを、我が『王』と認めよう」
ふたつのナバリが、
今、俺のまえに頭を下げていた。
「いや、そんな……」
やめてくれ――
俺は言いかけた。
王の器なんかではない。
ただ、未来の知識を持って、
この時代に放り込まれただけの、童だ。
この名張の村も、那婆理の地も。
背負ってきたわけではない。
ただ、イミコを、守るために利用を……。
* * *
――その子に、村の業を背負わせるつもりか。
その時、いつぞや、
タケに言われた言葉が脳裏をよぎる。
そうだ。
イミコに「火の巫女」という虚像を、
俺は、背負わせたのだ。
イミコは、その役割を懸命に果たしている。
泣き言のひとつもあげずにだ。
シラガも、タケも、アサメもそうだ。
村を良くするためという大義名分の下、
俺は、彼らの役割を分けては、定めてきた。
皆、その背負わされた役割を、
きちんと果たしている。
* * *
ならば、俺は、なんだ。
イミコを守ると言いながら、
火の巫女の背中に隠れて好きに動くだけ。
名張の不穏な童と呼ばれながら。
なんの責を背負うことなく、もてはやされて、
良い気になっているだけではないのか。
俺が、まわりに役割を定めるというならば、
俺自身も役割を背負わなければならない。
それが『責』というものではないだろうか。
「そうですね……」
俺は、二人に向き直り。
「逃げるわけには、いきませんね」
深く、深く……。
俺は頭を下げてみせた。
「隠の王……イミナ……忌み名……」
そう……諱だ……。
「私は、隠之王諱を名乗ろう」
火の巫女であるイミコを天に掲げ。
それを祀り上げるため、
その裏で、俺は、あらゆることに手を染めよう。
忌むべき、避けるべき、憚るべきこと、
そのすべては俺が成そう。
血を流すことも、流させることも、
決して厭わず。
イミコを輝かせるための覚悟を、
俺は、この名に戴こう。
この名張の地も含めて、
まるごと、俺が、守ってみせる。
それが、俺の覚悟だ。
これにて「名張」と「那婆理」と「隠」が揃いました。
ナバリの里が完成した瞬間となります。
ここから物語は、さらに外へと広がっていきます。
引き続き、お楽しみください。




