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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
185年:秋八章「実りの名張」

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第七十八話 生きるための算段

「タケさん、縄を解いてください」


 一瞬、場の空気が揺れる。



「よいのか?」


 シラガの視線が俺に向けられる。


「縛られたままで腹の内を、

 晒し合おうというのも無理な話でしょう」


「それはたしかに……」



「だが、武器は返さんぞ」


 那婆理なばりの長は、カゲハに強い視線を向ける。

 あの寡黙な護衛の腕は確かなのだろう。


「妙な動きを見せれば、その場で叩く」


 カゲハは、一度だけ静かに頷いた。



――――――――――


 タケが、三人の縄を解いた。



「かたじけない……」


 痺れた手首を押さえながらも、

 波多之古鷹はたのこだかは、深々と頭を下げる。


「礼は、まだ早いです」


 俺は、コダカの目を見た。



「まず初めに、名張が表立って、

 ナトリ様を助けることはできません」


「む……」


 コダカの顔から安堵の色が消えた。


「前の戦では優位を取れたとはいえ、

 名張が、弱兵であることに変わりはありません」


 名張は三野に勝ったわけではない。

 山と、罠と、相手の慢心が噛み合った結果である。


 正面から三野の全軍を受ければ、

 名張は押し潰される。



「波多が、名張と通じたと……、

 三野臣みののおみの耳に入れば、三野全軍が動きます」


 今回の戦を経て、

 俺は、ひとつの確信を得た。


 この時代の「環濠」が連なる村のつくりは、

 決して、一枚岩ではない。


 それは、三野も、三輪も、伊賀も……、

 他の村々にも同じことが言えるのだろう。


 環濠を統べる「臣」は、それらの「長」の調整を、

 常に、細心の注意を払わなければならない。


 つまり――



「波多と名張が繋がったという話が知れ渡れば、

 三野臣みののおみが、周囲を結束するのが容易となりましょう」


「それは、たしかに……」


 コダカは、悔しそうに唇を噛み締めた。


 三野は強大なのだ。

 だから、割らなければいけない。



「クロイ殿と、ナトリ様が力を合わせたら、

 三野臣みののおみの全軍に抗えますか?」


「タカヒコ様の権威は三野において強く、

 しかも、タカヒコ様は、戦上手にございます」


 コダカは、首を横に振る。


 兵の数でも、質でも、三野臣高彦みののおみたかひこは勝る。


 今、三野臣みののおみが動かないのは、

 大義名分を整えているだけに過ぎないのだ。



――――――――――


「やはり、もう……無理なのか……」


 コダカが肩を落とす。

 隣のワカバが、痛ましげに老人を見る。


 夜の山を越えてきた。


 捕らえられ、縄をかけられ、

 それでも礼を崩さず言葉を届けた。


 その心が、ここにきて折れかけている。



「いえ、なんとかする方法はあります。

 絶対の保証はできませんが……」


「そ、それは誠か……」


 コダカが顔を上げた。



 追い込まれるとは、こういうことか。

 まだ、俺が、味方と決まったわけでもないのに。



「今、ここで、詳しいことは話せません」


「それはなぜ……」


「コダカ殿たちが捕らえられれば、三野臣みののおみの耳に入る。

 波多に、すでに監視の目があるかもしれない」


 カゲハが目を細める。


 否定はしない。


 波多の環濠にいる監視の目に、

 おそらく、心当たりがあるのだろう。



「ただし、これだけは約束しましょう」


 俺は、炉の火を見た。

 灰の奥で、赤い火が細く息をしている。


「事が起きた際、その報を迅速に届けてください」


「事、とは……」


三野臣みののおみが、ナトリ様へ兵を向けた時。

 三野臣みののおみが、クロイ殿と決定的に割れた時。

 ナトリ様が、退けぬところまで追い込まれた時」


 コダカが、ごくりと息を呑む。



「その時、名張が動きます」


 竪穴の中に、沈黙が落ちた。


 シラガは目を閉じたまま。

 タケは腕を組み、俺を見ていた。



「かたじけない」


 コダカは、ゆっくりと頭を下げる。




「ただし」


 俺は、言葉を続ける。


「無事に事が終わったとき、

 相応のものを、名張は頂きます」


 コダカは顔を上げない。



「……無論」


 老いた声が土間に落ちた。


「ナトリ様からも、

 そのように言付かっております……」


 身を切る思いだろう。


「その際は、波多の土地に……人は……」



 土地だと思っているのか。


 俺が、求めるのは、

 そんなものではないのだが。


 勘違いしているなら、それはそれでいい。




「名張の崇める「巫女の火」に誓って、必ず。

 そう、ナトリ様にお伝えください」


「はっ、必ず……」


「ただし、名張との関係が表に出るのは、その時です。

 それまでは手を差し伸べることはできません」


「……承知しております」


 コダカが、小さな声で頭を下げた。


 糧の支援に話をこぎつけることができず、

 意気を落としているのかもしれない。



「それでは、今宵は村でお休みください、

 夜明けに送り出しましょう」


 そういうと、竪穴にハヤトが姿を現して、

 三人を外に連れて行った。



――――――――――


 場には、三人だけが残された。



「大ごとになりますな……」


 シラガが、ぽつりと呟く。


「もう、なっていますけどね」


 俺は答えた。


「波多の倉が、名張の火にすがったのだ。

 タカヒコの耳に入れば、頭から煙を吹くぞ」


 タケが、低く笑った。



――――――――――


 外はまだ暗い。


 名張を、冷たい冬の夜が包みこむ。



 内心、俺は決めかねている。


 三野臣みののおみを破るための方法を。

 そこに、多くの血が流すことの覚悟を。



 だが、この夜、

 ひとつの約定が結ばれた。


 三野の腹に、火種を差しこんだ。


 あとは春を待つだけだ。



 雪が解け、道が開き、

 三野の内が熱を持ちはじめる頃――


 名張にとっての正念場が訪れるだろう。


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