第七十六話 ナトリの使者
それは、村が、
深い眠りに沈んだ頃。
「イミナ様……」
誰かの声が聞こえる。
「ん?」
俺は、あたりを見渡す。
草屋根を撫でる風の音だけが聞こえる。
囲炉裏には、赤い火種が残っている。
「……すー……すー……」
その傍で、イミコは草の寝床で丸くなり、
静かな寝息を立てていた。
他には誰の姿も見当たらない。
「シラガ様が、すぐに来てほしいと」
再び、声がした。
どうやら壁の外からのようだ。
なにやら、ただごとではない様子。
俺は、眠るイミコに藁をかけ、
火種を確かめてから。
外へ出た。
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「ふぅ~……さむっ……」
夜気が頬を刺した。
白い息が、闇に薄く溶ける。
「敵ですか」
俺は、手短に用件を尋ねる。
「まだ、わかりませぬ」
声の主は、那婆理の民のハヤトだった。
「タケ様が、北の丘で三人を捕らえました。
いま、シラガ様の竪穴にいます」
「村の周りは?」
「トネ様が、那婆理の民を率いて
警戒しております」
捕らえた者が囮という可能性を忘れない。
いかにも、那婆理らしい用心深さだ。
とてもよい。
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ハヤトに案内された竪穴の中に入ると、
炉の火は、小さく落とされていた。
そこには、村の長であるシラガ。
那婆理の王のタケ。
そして、見知らぬ顔が三つ。
見知らぬ者達は、
後ろ手に縛られていた。
ひとりは、白髪混じりの
年老いた男で、顔のしわが深い。
その脇に若い男。
そして、最後の一人は縛られてなお、
ぴんと背筋を崩していなかった。
どういう状況だ、これ。
「夜遅くにすまんのう……」
シラガの声が、俺を迎え入れる。
「三野の者だ、北の山道を越えてる所を捕らえた」
タケが、低く鼻を鳴らす。
「なぜ、殺さずに?」
「三野之鳴鳥からの使者だと、
こやつが名乗った」
タケは、年老いた男を顎で示す。
「ナトリ……たしか、三野臣高彦の息子で、
三人兄弟の一人でしたっけ」
「前回の戦で打ち取った荒鹿が長男で、
他に黒犬という次男がおり、一番末に鳴鳥じゃ」
シラガが説明をしてくれる。
「ナトリ殿は、三野の子である前に、
波多の血を引く環濠を束ねる筋の者でな……」
シラガが、低く言った。
「波多……」
「三野で、田と倉を古くから守ってきた筋よ。
この一帯でも豊かな地を持っておる」
そこで、年老いた男が動いた。
「我は、波多之古鷹にございます」
縛られたまま、深く頭を垂れる。
「コダカ殿は、ナトリの母方の筋のもので、
古くから仕えてきた者じゃ」
シラガが、声をあげる。
「お知り合いで?」
「波多は、三野に取り込まれるより以前より、
このあたりに根を張る古い筋でのう……」
「なるほど」
つまり、ただの間者ではない。
ナトリ側が、本気の言葉を届けるために、
この老人を差し出してきたのだろう。
「そちらの若い方は?」
「波多之若羽にございます。
コダカ様の世話を任されております」
若い男が、慌てたように頭を下げる。
同じく「波多」を名乗るなら血縁の筋だろう。
そして、その隣のもう一人。
「……カゲハだ」
低く、重い声で、
ただ、それだけを口にした。
「伊賀の筋でありながら、波多に身を置く、
腕利きの噂を聞いたことがある」
タケの視線が鋭くなる。
カゲハは、わずかに頭を下げた。
無礼ではない。
ただ、こういう人間なのだろう。
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「えーっと、つまりこれは……」
すこし前に。
名張に戦を仕掛けてきた側の一部が、
秘密裏に使者を送ってきた。
それは果たして、罠か、真実か。
三野に、波多に、伊賀。
そして我らが名張。
この状況。
なにやら混沌としてきたぞ。




