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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
185年:秋八章「実りの名張」

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第七十四話 冬に預ける麦

 黒い土を畑にまぜてから、数日。


 畑の土は、たしかな重さを帯びていた。



「立派な畑になったもんだ」


 俺は、ここ数日の、

 みんなの努力の結晶を見渡す。


 冬の気配を感じさせる青空の下、

 見渡す限り、黒い畑が広がっている。



 その光景が、俺には。


 来年の春に生え並ぶであろう、

 黄金の麦畑に見えていた。



――――――――――


「次は、麦播きじゃのう」


 シラガが、背後から声をあげる。


「種はこちらに」


 すかさず、アサメが、

 乾かしておいた麦を持ってきた。


 からからと乾いた粒が、土器の中で鳴る。



 名張の者たちにとって、

 麦、そのものは珍しいものではない。


 あわひえと同じように、

 煮て食べる穀物のひとつだ。


 だが、俺は、この小さな粒の向こうに、

 別の未来を見ている。



 小麦粉だ――


 粒を砕き、水で練り、焼く。


 それができるようになれば、

 名張の「食」は、大きく広がるだろう。


 それには、砕く道具がいる。

 粉を分ける手間もいる。


 おそらく、何度も失敗するだろう。

 今すぐできるものではない。


 だけど、今は、大量の麦を、

 育てることが大事だ。



 それは、未来を育てることに、

 繋がっていくはずだ。



――――――――――


「麦は、どの畑へ播きましょうか」


 名張の畑を四分割してある。


 そのうち、ふたつの畑に、

 黒い土を混ぜてある。


 そのひとつを小麦畑として種を播き、

 来年、実を結ぶまで寝かせる。


 もうひとつの畑には、

 寒さに強い菜を植えるのだという。



「こちらの広い畑のほうじゃのう」


 シラガが、ひとつの畑を示した。


 それは、四つある名張の畑でも、

 一番大きい畑だった。



「まずは、うねを作るところからだが……」


 イワホコが声をあげる。


「麦を植える時も、

 米の時みたいに間を開けるのか?」


 夏の田を、思い出すように聞いてきた。



「夏に植えた稲の、直播きの田でも、

 間を開けたほうが育ちが良かったでした」


 アサメが重ねて言ってきた。


 夏に「巫女の沢」の田で試したおかげで、

 皆、畑の理解が高まっている。



「子どもの手をひとつ置く、

 それくらいの間隔でいいと思いますよ」


「手で測るのか」


 そう、イワホコは、

 自分の手のひらを眺めながら言う。


 それだと、ちょっと大きすぎるかな……。


「でも、あまり難しく、

 考えすぎなくていいですよ」


 自然はたくましい。


 多少のことは、

 麦のほうが受け止めてくれる。


「そうだな」



「聞いたな、まずは筋を作れ」


 イワホコはうなずき、男衆へ声を飛ばす。


 木鍬や、棒で、

 畑に筋がつけられていく。


 まっすぐではない。


 ところどころで曲がり、

 幅も揃いきってはいない。


 それでも、ただ、ばらまくよりは、

 ずっとよくなるだろう。



――――――――――


 そうして。


 名張の麦播きが始まった。


 手のひらに乾いた粒を乗せて、

 浅い筋へ落としていく。



 一粒、また一粒。


 米を収穫する時のような歓声はない。

 収穫祭のような高まりもない。


 ただ、静かに黒い土の上に、

 小さな粒が播いていく。



「麦さん、こんなところで眠るの、

 寒くないのかな……」


 俺の隣の列で、

 種を播いているイミコが呟いた。


「土が守ってくれるからね、

 黒い土が、麦を抱いてくれるんだ」


 イミコは、ほっとしたように笑った。


「そっか……土さん、やさしいんだね……」


 まわりで作業をする皆の表情が、

 そんな巫女の声に、自然と緩んでいた。



――――――――――


 日が傾くころには、畑の一角に、

 麦を播いた筋が並んでいた。


 上から薄く土をかぶせてあるため、

 見た目には何もない。


 ただの黒い畑だ。


 けれど、もう俺だけではない。

 皆の目には、春の青が見えているだろう。



「たまに見張りを立てるか、

 鳥に食われて終わりでは笑えないな」


 イワホコが言う。


 畑に多めに種をばらまく方法なら、

 ある程度なら、鳥が食った分が間引きとなり。


 食われずに残った種が芽を出す。


 だが、適切な量を並べて播く方法では、

 鳥などの、つまみ食いによる被害が痛くなる。



「三野との戦で使った案山子を、持ってきましょう」


「おお、そうだ、忘れておった」


 シラガが笑い声をあげる。


 本来、案山子の働く先は、

 畑が主なのだ。




 イミコは畑の前にちょこんと座り、

 小さく手を合わせた。


「麦さん、冬、がんばってね」


 風が吹き、鳥除けの草がかさりと揺れる。


 村人たちは、その小さな言葉を、

 静かに受け止めていた。



「春になったら、ほんとに起きる?」


「起きるよ」


 俺は答えた。


「もし、起きてこなかったら、

 みんなで起こしてやろう」


「うん、そうだね」


 イミコは元気に頷いた。



 黒い畑の下に、

 名張は、その種を預けた。


 黄金色の未来が

 春に、芽吹くことを信じて。



 そして、冬が、もうすぐ来る。


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