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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
185年:秋八章「実りの名張」

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第七十二話 穢れを土へ返す

 収穫祭の翌朝、


 名張には、ぬくもりが残っていた。




「米のにおい、すごかったな」


あわや、ひえと違って、やわらかかった」


 広場の端では、子どもたちが、

 昨日の粥の話をしている。


 それを見た大人たちが苦笑する。



 今日も、誰もが、

 忙しそうに動いていた。


 だが、その顔つきは、

 どれも明るい。



 冬を越せるかもしれない。


 飢えに、怯える必要がない。


 それだけで、人の背は、まっすぐに立つのだ。



――――――――――


「次は、麦を播くんですよね」


 俺とイミコにとっては、

 名張村で過ごす初めての冬備え。


 村の広場で尋ねてみた。



「いまのうちに麦の種を播いて、

 冬の前に芽を出させて、暖かくなれば、

 そこから、一気に伸びる流れじゃな」


 シラガが答える。


 名張の村で、昔から、

 繰り返されてきた冬備えだ。


 シラガの声には、当たり前のことを、

 確かめる響きがあった。



「巫女の沢のほうにある田は、

 来年、苗を移す頃までは休ませる」


 イワホコが確認するように呟く。

 それは、広場の若衆たちに伝えるためでもある。



 文字のない時代、あらゆる技術と経験は、

 こうした口伝により伝えられる。


 名張の者たちは「農」を知らないわけではない。


 むしろ、土に生きてきた者たちだ。


 その知恵は、俺よりも、

 深いところに根を張っている。



「そこで、なんですが……」


 俺は声を上げる。


「今回、麦の種を播く畑に、

 肥やした土の力を返そうと思います」


「おお、あれか……」


 シラガが声をあげた。



――――――――――


 名張の橋を渡った先、環濠の外。


 肥え場へ近づくほど、

 むわっと重い臭いが漂ってくる。



「うっ……」


 イワホコが眉をひそめる。


 誰も言葉にはしないが、

 皆も一様に表情を歪めていた。


「食うものを育てる畑に……、

 これを、入れるのか」


 イワホコの声には、

 不安と、嫌悪が入り混じる。


 まあ、気持ちは分かる。



「しっかり土に還ったものだけを、

 選り分けて畑に戻します」


 肥え場は、いくつも用意してあり、

 利用した時期ごとに区分けしてある。


 今回は、最初に作った肥え場から、

 土を運び出すつもりだ。



「最初の肥え場でも、

 上のほうは、まだ早いですね……」


 肥え場を上から見下ろす。


 その表面部分には、

 草も、葉も形が残っていた。


「今回、使うのは下の層、

 底の黒く崩れたところだけです……」


 俺は、木鋤を持って穴に踏み入れる。


 土をかき分けて、

 底から掘り起こしていく。



「うっ……よく耐えられるな、この臭い……」


「もちろん、俺の鼻も曲がりそうですが、

 言い出しっぺですから……」


 俺が、弱気を見せるのは良くない。


 だから、虚勢を張っているだけである。



――――――――――


「それじゃ、上から崩すぞ」


「うっ、本当にやるのか……」


 木鋤を手に、しぶしぶと男衆が動き出す。



「文句を言うな、昨日の粥は、

 美味かっただろう」


 イワホコが檄を飛ばす。


「それを言われたら、しかたない」


 そう言って、一人。


 また一人と肥え場に踏みだし、

 木鍬を、ふりあげる。


 あっという間に、

 上の層の土が崩されていった。



 そして。



「うっ……」


 崩した土の奥から、

 さらに重い湿気が立ちのぼる。


「おっ……」


 だが、その奥から現れたものを見て、

 男たちの声が小さくなった。



「こ、これは……」


 黒い土だった。


 十分な湿りを帯びて、重い。


 手で触れば、

 ほろほろと崩れる。


 まだ、匂いは残っているが。


 春に積み始めたころの、

 鼻を刺す汚物とは、まるで違っていた。




「……土に、戻っている」


 俺は、黒い部分を手に取り、

 指先で揉みほぐす。


 ほろほろと細やかで上質な土だ。



「ここの汚物は、どこにいったんだ?」


 イワホコが不思議そうに呟く。


 大地の上で風化し、朽ちていく様子は、

 誰もが体感的に知っているだろう。


 だが、土のなかの「ことわり」を知る者は少ない。



「土さんが、食べたの?」


「そう、皆の生活から出た汚れを、

 土を少しずつ食べて、別のものにしたんだ」


「土さん、すごい……」


 イミコは目を丸くしていた。



――――――――――


「穢れを捨てるのではなく、土へ返す……」


 ユラは、興味深げに「黒い土」を眺める。



 この「肥えた土」が、

 どれだけ貴重なものであるのか――


 この黒い土が、名張にとって、

 どれほど大きな力になるのか――



 ユラなら、三輪まで

 無事に届けてくれるだろう。


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