第七十一話 火の巫女の収穫祭・後
「……にぃに、だいじょうぶ……」
収穫の儀式を終えたイミコは、
隣に戻ると、そんな声をかけてきた。
俺が不意に流した涙は、
もう、拭い取ってあるというのに。
「……なんでもないよ」
「……んっ……」
それ以上、聞いてくることもなく、
いつものように隣で、そっと俺の袖を握った。
――――――――――
収穫の儀も終わると、
村に「初穂の粥」が配られる。
まずは、村の子どもたち。
それから年寄りに、病み上がりの者。
そして、田で働いた者たち。
最後に、残る大人たちへ回される。
「この収穫の儀は、
腹を満たすだけのものではない……」
シラガが、小さく呟いた。
神へ捧げ、弱き者から分けていく。
それが昔からの習わしなのだという。
「誰が神に捧げ、誰から先に分けていくのか。
それで村における自分の立場を知る」
「それが名張の掟を強くするのですね」
なかなかに合理的だ。
食を分ける者は、
人の腹だけでなく、心も握る。
その順を、皆に示すことには意味がある。
「ここまで大仰にやるのは、
さすがに初めてのことじゃがのう」
シラガが嬉しそうに口を緩ませる。
「祝いごとは、楽しいほうが良いですから」
昔からの習わし、その形を、
もっと村の皆に見えるようしよう。
そう俺が伝えて、今回、
このような大きな儀式が整えられたのだ。
将来的には「お祭り」などの形に、
繋げていくのもありだろう。
「イミナ殿、こたびの収穫の儀を迎えられたのは、
おぬしのおかげじゃ……感謝するぞ……」
シラガが、小さく頭を下げる。
「村にあるものを分けて、
ただ、それを整えただけですから……」
今回の豊作については。
俺が、何かを生み出したわけではない。
名張の村が、最初から持っていた地力である。
俺が、残すもの、
まだこれからだ――
――――――――――
「ちっ、肉は、これだけか……」
タケが、椀の中を見下ろして、眉を寄せる。
肉が食べたくて言ってるわけではない。
狩りの肉が宴に並ぶことは、
那婆理の民にとっての誇りなのだろう。
「今日は、田畑の実りの祝いですから」
タケたちの狩りも、うまく回っている。
それらは、できるだけ、
冬に備えた保存食にまわしている最中だ。
「……ふん、わかってる」
そう言って、タケは、
ひと口で干し肉を食べてしまった。
すぐそばにいた村の子、
コイシが、自分の椀を抱え込む。
「タケには、やらないよ」
「誰が取るか」
コイシが、粥を、ひと口食べて笑う。
名張の村が病に侵された時、
命を落としかけた村の子供たちが。
今では、すっかり、元気を取り戻していた。
「まあ、こういうのも、悪くねぇか……」
タケも、粥を頬張りながら。
その口を緩ませていた。
――――――――――
皆が、粥を食べ終わり。
宴が終わりを告げるころ。
村の子供たちも、火のそばで、
うとうとし始めていた。
「にぃに……」
空の椀を、大事そうに抱えたまま、
イミコが視線をむけてきた。
「これ、毎日、食べられる?」
「まだ、今は難しいかな」
俺は、正直に言った。
「でも、次の収穫はもっと増える、
次の、次の収穫は、もっともっと増える」
「そうなんだ……」
イミコは、広場の「巫女の火」を見上げた。
「来年も……みんなで食べようね……」
俺だけに聞こえるように、小さく呟いた。
「ああ、そうだね……、
もっと、みんなで食べよう……」
そして、三輪に「名張の農」を見せるのだ。
名張を支えることが、
三輪の実りにも繋がるのだと。
それができなければ、
きっと、名張に未来はないのだから。




