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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
185年:夏七章「三野の名張侵攻」

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第六十六話 ★白髪:山を閉じる

◇【名張臣なばりのおみ白髪しらが】視点◇



「タケは、アラカの目を奪った」


 囲炉裏の火を見つめたまま、

 わしは、ゆっくりと口を開いた。



「目を奪うだけでは敵は減らぬが、

 迂闊に手を出せば、わしらが呑まれる……」


「それで、どうしたのですか」


 マヒトが身を乗り出した。



「そっと触れるのじゃ」


「横から触れては離れ、

 後ろで声を出し姿を消す。

 前から石を投げては、また退く」


「そうやって、少しずつ、

 三野の兵を崩していったのじゃ」



――――――――――


「そもそも、わしらの三人組は、

 それぞれが別の役割を担っていたのじゃ」


 タケの描いた三つの円に、印を加える。



「タケの兵は、那婆理なばりの民を中心とした、

 屈強な者たちで固めた」


 それが壱の円。


「イワホコの隊は、槍を持って、

 茂みから直接打ちかかる名張の男衆」


 それが弐の円。



「そして、わしの隊は……若い者が多くてのう……」


 わしは、少しだけ苦笑しながら、

 参の円に印をつけていく。



「若衆は石を投げては、鍬を振り上げ、

 声を張っては、倒れた敵を引き込んでいった」


 若衆たちの中には、本来なら、

 戦の場に出ることのない年も混ざっていた。


 そんな若者を戦の場に引き出したのは、

 村の長である、わしの力不足が招いた事であろう。


 もうしわけないばかりじゃ……。




 正直、名張の戦える兵は、

 二十が限界であっただろう。


 だが、前で戦えない者たちにも、

 安全な役まわりとして兵の頭数を増やした。


 そして、それが、

 三野の計算を大きく狂わせたのじゃ。



――――――――――


「三野の最前線に、

 タケの隊が弓を射った時じゃ……」


 わしは続ける。



「奴らは、初めて、

 茂みに足を踏み入れた」


 今でも、その瞬間を覚えている。


「タケの隊を追い、矢を射た者を探し、

 声のする方へと踏み込んできた」


 わしは、年甲斐もなく興奮した。


「その足元に、わしらが、いるとも知らずに」


 まだ若いころ、槍を持ち、

 初めて戦に出た時のことを思い出した。


 血肉沸き立つものじゃ。



「そこを、討ったのですか」


「討った者もおれば、押さえた者もおる」


 わしは、言葉を選びながら答える。


「山の中では、三野の伍も、

 次第に五人ではおられなくなる……」


 不安に恐怖、そして混乱。


「先の一人、遅れる二人、後ろで声を掛ける二人、

 わずかに間が開いていくのじゃ……」



「そうなれば、あとは簡単じゃ……」


 イワホコの三人組が、

 茂みから、槍を突き上げる。


 山の上を見上げていた三野の兵が、

 足元からの奇襲に崩れ落ちる。


 倒れた者は、わしらの若衆が、

 茂みの奥へ引きずり込み、木に縛りつける。


 そして、笛を鳴らし、すぐに場を離れる。



「あとは、それの繰り返しじゃ」



――――――――――


「だが、三野も馬鹿ではない」


 わしは、土に描いた線を少し太くした。



「仲間が消えると、獣道に戻り、

 茂みから距離を取って、身を固める」


「その時は……」


 マヒトの真剣な眼差しが、わしの顔を射抜く。



「近づかぬ……身を固める敵には、

 皆で石を投げつける」


「名張の矢で、三野の盾を抜けぬのでは?」



「そうじゃ……だが、それでいい……」


 タケの十本の矢と同じである。


「相手を倒すためではなく、削り、動かせる、

 そのための投石じゃ……」


 相手が動けば、勝てる場所だけを選んで刺す。


 勝てぬ場所では逃げ、動きを止めれば射る。

 笛で追い立て、動けば刺す。




 そんな時、パチッと火の粉が爆ぜた。


 囲炉裏の火の向こうで、

 イミナが、静かにこちらを見ていた。


 あの子が教えてくれたことは、

 まことに単純で、まっとうな道理じゃ。



 勝てぬ場所で戦うな――


 勝てる場所を作れ――



 そんな単純なことを成すためには、

 名張の山と、三人組と、笛が必要だったのだ。



――――――――――


「そこで一番重要なのが、イワホコじゃ」


 わしは、イワホコへ視線を向けた。



「イワホコは敵の足元を突きながら、

 その位置を、徐々に山の下へ動かしていった」


 床に描いた三野の列、

 その背後に、一本の横線を引く。


「敵が数を減らすにつれて、

 少しずつ、逃げ道を塞いでいったのだ」



「三野の者たちは、山で、自分の位置を、

 見失っていたように見えたな」


 イワホコが、ぼそっと呟いた。



「目の前にいるはずの名張が横にいるだけで、

 暗い森の中で、方向感覚は失われていくでしょう」


 イミナ殿が、さらっと笑顔で答える。


 それは、深い山のなかで遭難した経験でも、

 あるかのような言葉だった。



「恐ろしい話だな……」


 イワホコが呆れたような声を上げながら、

 イミナへ、視線を向けていた。



――――――――――


「途中からは、三野の兵を、

 山中に誘導する余裕すらあったのう」


「なんと、それほどまでに」


 マヒトが息を呑む。



「アラカの最後、タケの前に出たのも、

 決して偶然ではないのじゃ……」


 場の空気が変わった。


「アラカは、自らで道を選んでいた、

 そう思っていたのだろうが……」



「アイツらの進み道を選んでいたのは、俺だ」


 イワホコが短く呟いた。



「ふん……」


 タケは何も言わなかった。

 ただ、腕に巻かれた布を指で撫でている。


 その目は、火の奥でも床の上でもなく、


 どこか遠くを見ているようにも見えた。



――――――――――


「線に描けば分かりますが……」


 マヒトが、床に残った跡を見つめながら呟いた。

 とても熱心な若者だ。


「実際に、山の中で、

 これほど上手く動けるものなのですね」


「上手く動けたから、今、生きておるのじゃ」


 わしは、苦く笑ってみせる。




 一歩違えば、

 タケは捕らわれていた。


 一音違えば、

 三人組は追いつかれていた。


 一息遅ければ、

 アラカの槍が名張を貫いたのだ。




「そうして、名張の丘の口を完全に閉ざしたら、

 あとは、ゆっくりと兵を飲み込んでいくだけじゃな」


 囲炉裏の火が、小さく揺れる。



 わしと、イワホコの話は、ここで終わりじゃな。


 この評定。


 最後の統括を話すのは、

 もちろん、あのわらべじゃろうて……。


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